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きょうのたねとあしたのたね

ミミはこのごろとてもゆううつ。
学校に行くのが何だかゆううつ。
どうしてってことはない。
何故って言われてもはっきり言えない。
だから朝はいつもぐずぐずしている。
時にはちょっと頭が痛かったりお腹が痛くなったりするし。

でもお母さんは「熱なんてないんだからさっさと学校に行きなさい」ってミミの背中をぽーんと押して家から追いだす。
行ってしまうと何でもなかったりする。
でもみんなとうまくおしゃべりできなかったりする日は落ち込んだりもする。

下校時間に事件は起きた。靴がない。
朝ちゃんと靴入れにはいれたのに。
どこを探しても見つからない。
みんなにも聞いたけど知らないって言われた。
しかたないから裸足で帰ることにした。
くつ下はいたままだと汚れてしまうから、くつ下をカバンに押しこんで校庭をおもいっきり走って学校を出た。
だってみんなに見られたら恥ずかしい。
涙だっていっぱい出てきそうだった。

だから遠回りだけどわざと表通りじゃない裏道を歩いた。裏道は田んぼのあぜ道だからアスファルトじゃない。
足の指に湿った土がひやっと冷たくて。
裸足で歩いたのは去年海に行って砂浜を歩いた時ぐらいだ。でもこの土の感触って砂浜のそれと少しちがう。
なんだかもっとしっかりしていて足の裏からぐんぐん押しつけてくるみたいな。
うまく言えない。
気持ちいいんだか悲しいんだかわからなくて。涙がこぼれないように、ぎゅっとくちびるをかんで歩いていたからくちびるがひりひりする。
そんな顔は誰にも見せたくないから下を向いて裸足の足ばかり見て歩いた。

そのとき突然後ろから声がした。

「どうして裸足で歩いているの?」 

びっくりして後ろを振り向いたら、知らないおじさんがミミの足をじっと見ていた。
なんだか冴えないおじさん。
着ている背広はよれよれだったし、頭は少しボサボサで。
恐かったから知らん顔して行こうと思った。
でもちらっと見たおじさんの足も裸足だって気がついた。
おまけに脱いだ靴を両手にぶらさげている。
自分だって裸足のくせによけいなお世話だ。
ミミは靴がなくなったんだ。
だからしょうがなく裸足で歩いてるんだ。
おじさんこそ靴があるのに裸足なのは何で?ってこっちが聞きたいくらいなのに。

「きもちいいから」

じゃまくさいからそう適当に答えた。
本当は違うけど。言えるわけない。
誰かに靴を隠されたかもしれなくて裸足で歩いているなんてこと。
ミミにだってプライドはある。
このくらいのこと平気だって顔くらいしたい。
きっと大人のおじさんのことだもの。
そんなことちゃんと見抜いていて
「可愛そうに。悪いやつもいるもんだ」
なんて言うに決まってる。
そんななぐさめ言われたらよけいにむかむかする。もっとみじめになる。
だから思いっきり何でもない顔をしてみせた。
それなのにおじさんミミのことばを聞いたとたんにとってもうれしそうな顔をして笑ったた。

「同じだぁ。そう気持いいんだよねぇ。」

そう言いながら裸足でぴょんぴょん飛んで見せた。変なおじさん。
それから両手に靴をぶらさげたおじさんと靴をなくしたミミは、細いあぜ道を前になったり後ろになったりしながら歩いた。

おじさんは時々あぜ道をそれて草むらに入っていったりもした。
おじさんが草むらの草に踏みこんでいくと青色バッタがバタバタとあわてて飛んで逃げた。
おじさんはそれを面白そうに追いかけた。
ミミも草むらに入ってみる。
何だってものはためしだもの。

足の裏につんつん草の先っぽが当たってそんなに気持ちよくなかったけど。おまけに草には露がいっぱいたまっていて足首までぐっしょり濡れた。
でも考えていたよりは不愉快な気持ちじゃない。
なんとなくなんだけど、おじさんが草むらに入りたい気持ちがわかる気がした。

足の裏っていつも靴下をはいていたり靴をはいていたりするから、そのままで何かに触れるってことがあんまりないんだ。
だから直接何かを感じるってこともないわけで。
いつも感じないところで何かを感じるのって、何か新しいことを発見したときみたいにちょっとだけドキドキする。

おじさんとミミは並んであぜ道を歩いたり、ときどき草むらに突入したりした。
おじさんはミミのことをぜんぜん気にしていないみたいだった。
ミミもおじさんに話しかけたりなんかしなかった。やっぱり変なおじさんに変わりはないもの。

いつのまにかあぜ道は終わりに近づいていて、そこを抜けたらミミの家に向かう少し大きな道と、駅に続く大通りに分かれる。
たぶんおじさんは駅の方に向かって行くんだろう。
ミミの住んでいる街にはこんな変なおじさんは見かけたことないもの。
あぜ道の分かれ道の先っぽで急におじさんが振り向いた。


「朝、起きるとね。今日は昨日とちがう何かが起きる。そう思うのって楽しいよ。
毎日違うたねが生まれてね。
そのたねが自分の好きなたねでも嫌いなたねでも、そのたねがはじけて昨日とちがう何かが生まれる。
だからもとのたねがどんなでも、たねはいっぱいあるほうがいいに決まってるさ。」

おじさんはそう言ってパッパッっと足の裏をはたいて、両手に持っていた靴をはいて駅へ続く道をスタスタ歩いていった。
後ろ向きのまんま片手を上げて。

すきなたねときらいなたね?
昨日と違うたね?
それが裸足で帰らなきゃいけなかったこと?

それは確かに昨日とはちがうことだけど。
おじさん、そんなナゾナゾみたいな言葉を言われてもよくわからないよ。

でも…何か…いつのまにか裸足で歩くことがそんなに悲しくなくなって、裸足が恥ずかしいっていう気持ちもほんの少しはなくなっている気もする。
ほんとほんの少し、ほんのちょっぴりだけど。

でもね、おじさん。やっぱり今日のたねはあんまり出来のいいたねじゃなかったよ。

今度は靴がなくなった日じゃない日に、自分から靴を脱いで裸足で草むらの中を歩いてみようかな、なんて少しは思った。

そしたらそのたねから少しは出来のいい芽がでたりするのかな? わかんないけど、さ。








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