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小説の書き方 対話篇(3)

「おひさしぶりです」
「小説は書けたかね」
「いや。それが」
「まだ、書いてない」
「書いたには書いたんですが」
「えらい」
「どうも。しかし」
「なんだ」
「あんまり、評判がよくなくて」
「なんて言われたの」
「意味が分からない、と」
「誰に言われたの」
「友人です」
「気にする必要はないだろう」
「そうでしょうか。けっこうショックだったんですけど。恋愛小説のつもりだったんですが、時代小説として成立していない、と。明治維新くらい調べてから書け、と言われました」
「処女作にしては、むずかしい設定を選んだね」
「いえ。現代です。2020年です」
「おかしいね」
「1人だけじゃないんです。別の人には密室トリックとしてフェアじゃないと言われました。埴谷雄高のオマージュが露骨すぎる、とも。あと、おまえの変態性癖など興味ない、とも。あと」
「結局、なにを書いたの」
「恋愛小説です。ヒロインが難病で死ぬだけです。なにが悪かったのか、まったく分かりません」
「気にする必要はないだろう」
「そうでしょうか」
「きみは、大衆に分かりやすい小説が書きたかったの」
「そうだったと思います」
「ちがうよ」
「ちがうんですか」
「賞をとるのが目的だったでしょう」
「そうでした」
「愚鈍な読者に通じなかった、というのは、傑作の証拠じゃないか」
「うれしいです。そんな、傑作だなんて」
「おめでとう」
「漢和辞典と首っぴきで、むずかしい漢字をつかったかいがありました。すみません、と書いたのがどうも簡単すぎるような気がして。卒爾乍ら少々御尋ね致したき事此れ有り申し上げ奉りたく思し召し御座候、と直したんです。漢字に変換できるところはすべて漢字にしました」
「なるほど」
「本当に書いててつらかったところがありまして」
「なんだ」
「ヒロインの病室を出るのに、なんか、それだけだとたりないと思って、30枚くらいかけてドアをしめたことを確認しました」
「がんばったね」
「とにかく、見たものについては深く考えろ、っておっしゃったじゃないですか」
「誰が」
「先生が」
「そうか」
「むずかしかったです。「面会のご案内」って病院の入口の自動ドアに貼ってあるんですけど、「面会」の用例を太平記くらいまでさかのぼって調べて、書きました。格助詞「の」の文法的起源について主に折口信夫の説を参照しながら書きました。「ご」の意味、やはり、用例、文法的起源、「案内」も」
「そうか」
「逆説的に、「ご案内の面会」だとどうなるかという問題も考察しました」
「そうか」
「300枚くらいですかね」
「そうか」
「先生、セックスがお好きじゃないですか」
「きらいではないが」
「ぼくは、そんなに好きじゃないんですけど」
「なんの話」
「セックスですよ。小説にはかならずセックスの場面を入れろっておっしゃったじゃないですか」
「それで」
「とりあえず、出会った女性とは全員セックスしました。まず、病院のナース。電車に乗ったら、おばあちゃんに席をゆずってしまったので、そのおばあちゃんとも。あと、駅から家に帰るまでに下校中の小学生2人とすれちがいました。でも、2人しか会わないって、不自然じゃないですか。だから、合計32人かな。やっぱり、単調になるとあきるじゃないですか。バリエーションを工夫するのが大変でした。ヒロインとはおさななじみで、となりの家に住んでるんですけど、ヒロインの母親が玄関先をそうじしてたんですね。これでやっと終われると安心したんですが、主人公の家には主人公の母親がいるじゃないですか。それも書いて、でも、まだ終わりじゃなかったんですね。部屋には猫がいて、これが、メスだったんですよ。移動するたびにこれですからね。つかれました」
「そうか」
「先生にほめていただいて、自信がつきました。文学賞に応募します」
「確認だが、なにを書いたんだっけ」
「恋愛小説です。純愛です。ヒロインが難病で死ぬ」
「そうか」
「その前に、よかったら、先生、読んでみてもらえませんか」
「いいよ」
「あれ。断られると思ったのに」
「逆に、興味がある」
「ありがとうございます」
「結局、何枚になったの」
「12,000枚くらいですね」
「12,000字」
「いえ。12,000枚です」
「がんばったね」
「どうしたんです、先生」
「なんか、悪かったね」
「なにがです。本当に感謝してるんです。悪かったなんて。不出来な生徒で、ぼくのほうこそ」
「ゆるしてくれ」
「ちょっと、頭をあげてください」
「ゆるしてくれ」
「先生」
「ゆるしてくれ」
「そんな。ちょっときびしいことを言われて、いろいろ考えたことはありますけど、ぜんぜん気にしてませんよ。これで芥川賞じゃないですか。いっしょによろこんでください」
「助けてくれ。誰か」

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