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「タイトル未定 第1話」自作小説を無料公開中

こんにちは。小説家の川井利彦です。

新作小説の第1話を書き上げましたので、無料公開します。

以前お話した通り、相変わらずプロット(あらすじ)を考えていないので、まだタイトルも未定。簡単なあらすじも書けません。

いったいどんな話になるのか、私自身全くわかりません。それが楽しくてやめられないのですが、、、。

前作同様に、第2話以降は『elu』で販売していきますので、よかったら最後までおつきあいいただけると嬉しいです。


前作も『elu』で100セット限定で販売していますので、よかったら見てみてください。こちらも第1話のみ無料公開しています。

※商品説明文に「最終話も無料公開」と書かれていますが、削除してありますので無料で見ることはできません。申し訳ありません。


それでは「タイトル未定 第1話」を最後までお楽しみください。


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これが夢であることは、間違いない。

いつも同じ内容だから、すぐにわかる。

上も下もわからない、真っ白な何もない空間の中に、自分一人だけがふわふわと浮いている。

このまま浮いてたままでいると、やがて空間の中に、溶けて跡形もなく無くなってしまいそうな気がする。

そして『あーまた同じ夢だ』と意識した瞬間、必ず目が覚める。

ベッドの上で、薄っすら目を開けると、朝の日の光に照らされた、白いカーテンが風に揺れているのが見えた。

まだ半分夢の中にいるような、寝ぼけた頭のまま、何気なく寝返りを打つと、目の前に突然見知らぬ女の顔が現れた。

「わっ」と思わず声を上げて、ベッドから飛び降りる。

その時、自分が全裸であることに、初めて気がついた。

(えっ誰、、、)

困惑しながら、目を白黒させていると女が「うぅ」と声を漏らした。

タオルケットを身体にかけているが、女も服を着ていないのが、わかった。

いったい、この女はどこの誰で、昨夜何があったのか。

必死に記憶を探るが、頭の中に靄がかかってしまったようで、うまく思い出せない。

とにかく服だけでも着ようと、ベッドの周りを探すと、すぐ脇に下着とシャツやズボンが散らばっているのが見えた。

慌てて下着を掴んだ時、視界の隅にあるものが写り、思わず手が止まった。

おそるおそる首を回すと、眠っている女のすぐ下に、白のシャツと真ん中に何やらマークのようなものがついたブレザー、そして同じ色のスカートが落ちていた。

それらはどこからどう見ても、高校の制服だった。

心臓が早鐘のように打ち、全身から血の気が引いた。

今ベッドの上で、寝息を立てている女は、高校生なのか。

自分は、未成年を相手に・・・。

頭を覆いつくす靄を消し飛ばすように、首を何度も横に振る。

しかし、何回振っても、昨夜の記憶を思い出すことができない。

混乱しながら、急いで服を着ると、逃げるように寝室を出て行った。

扉が閉まる音で、目を覚ました女は、身体を起こし、ため息をつくと右手を伸ばし、枕元にあったスマホを掴み、タイマーを止める。

『7:24:18』

「七時間か・・・」とつぶやき、仰向けに倒れた。

その反動で、タオルケットがはだけ、透き通るような白い肌と、形のよい小ぶりな乳房が、露わになった。

「きついなぁ」

見知らぬ天井を、虚ろな目で見つめる。

「だんだん短くなってる。これじゃあ、いずれ・・・」

身体を横向きにして、頭を抱えた。

「なんで、私が・・・」

そう言って、女は背中を小刻みに震わせた。

制服に袖を通し、寝室を出た女は、リビングの隅で身を固くしている衿崎順也と目が合った。

「おはよう」と笑顔で挨拶をすると、順也が視線をそらした。

「そんなに怖がらなくてもいいのに・・・」

サイドテーブルに置かれていたペットボトルを手に取ると、ソファに腰を下ろす。

「この後どうする?お腹すいたから、何か食べに行かない?」

額に手をおてた順也は、項垂れてしまう。

「何、その態度。昨日はあんなに楽しそうだったのに」

「昨日のことは、何も覚えてない」

しおりが「あーそういうこと」とわざとらしく、肩をすくめる。

「・・・昨日何があったのか教えてもらないだろうか」

「いいよー」

ひらひらと片手を振って、足を組んだ。

「君の名前は?」

「五十嵐しおり」

「しおりさん。昨日、僕とあなたの間に何があったのか・・・教えてほしい」

「しおりでいいよ。えー私からそんなこと言わせるつもり・・・。あの状況見たら、なんとなく想像できるでしょ」

「やはりそうなのか」

順也は愕然とした。

「昨日の順也、可愛かったよ。猫みたいに甘えてきて、私の胸に顔をうずめてきてー」

絶望的な気持ちになった順也は、立っているのも辛くなってきたのか、壁に手をついた。

「ねえ、昨日の続き・・・しない?」としおりは、スカートの裾をほんの少しめくった。

「やめろ!」

激昂した順也が、声を上げる。

「もういい。わかったから、出て行ってくれ!二度とここにも来るな」

「そんな冷たいこと言わないでよ」

猫なで声で、甘えてきたしおりに対し、嫌悪感を覚えた。

「ふざけるな。さっさと出て行け!」

肩をすくめ、ため息をついたしおりは、態度を変えた。

「別に、帰るのはいいんだけど。まだもらうものもらってない」

真っ青な顔の順也が、振り返る。

しおりは、手のひらを広げ「五万」と冷めた目つきで言った。

訝しげな表情で、少しだけ首をひねる。

「終わったら払うって、言ったじゃん。あー覚えてないのか」

めんどくさそうにスマホを操作すると、LINEの画面を、順也に向かって突きつけた。

向けられたスマホの画面には、LINEのやりとりが表示されており、真ん中辺りに『五万でどう?』と書かれていた。

「ほら。これ順也のアイコンで間違いないでしょ」

左上のアイコンを指で示し「早く払って」と蔑むような眼差しで言った。

「だから覚えてないと言っただろ!お前と何があったのか、わからないのに五万なんて大金払えるか」

そもそもそういう行為があったのかさえ、はっきりしないのだ。

もしかすると、裸で寝ていただけかもしれない。

「じゃあ警察に、男の人にレイプされましたって言っちゃおうかな」

嘲笑を浮かべたしおりは、スマホを耳に当てた。

「待て!やめろ!わかった・・・払うよ」

そう言ってズボンのポケットに入っている、財布を掴んだ。

順也は、若干の違和感を感じ、わずかに眉をひそめた。

いつも使っている財布より、分厚く、手に持った感じもズシッと重い。

中を開くと、見たこともない枚数の札束が入っていた。

ざっと見ても、100万近くある。

「なんだよ。これ」

順也が困惑していると「うわっすごっ」と後ろから声がした。

知らぬ間に、近づいてきていたしおりが、背中の方から、財布の中をのぞき見ている。

「こんな大金みたことない。順也、金持ちなんだね」

「・・・知らない」

「えっ」

「僕は、こんな大金持ってない」

全く身に覚えのない札束に、恐怖を感じた。

「へぇー。でも良かったじゃん。早くちょうだーい」

後ろで、はしゃぎながら、腰に手を回す。

「おい!やめろ!」

順也がしおりから離れようと、身体をのけぞらせる。

しかし腹の前で、両手をがっちり組まれてしまって、すぐに振りほどけない。

「そのお金、全部くれるなら、もっとすごいことしてあげる」と耳元で囁いた。

「いい加減にしろ!」

強引に組まれていた両手を外し、腰をひねって、しおりと距離をとった。

そして財布からお札を、五枚だけ引き抜き「これを持って、さっさと出て行け!」と叫んだ。

「冗談よ。本気にしないで。赤くなっちゃって、可愛い」

唇に手をあて、楽しそうに笑った。

「金はもらうけど、まだ出て行かない」

「ハッ?」

目を点にしている順也を尻目に、五枚のお札をひったくったしおりは、すばやく紺のブレザーの内ポケットにしまった。

「私にも事情があるの。別にいいでしょ」

順也の声が怒りで、震える。

「だったら今の金を返せ」

「いやよ。順也の方から、五万でどうって提案してきたんだから、その分はちゃんともらう」

辛そうに、かぶりを振った。

「だから、昨日のことは、覚えてないって言ってるだろ」

「まだ思い出せないの?」

「ヤバっ」と呆れた表情をしおりが浮かべた。

脱力し肩を落とした順也は、その場にへなへなと座り込んだ。

憔悴しきったその様子を見て、しおりは憐れに思えた。

「ねえ。昨日何があったか、教えてあげようか」

「何がって。だいたいの想像はついてる」

「じゃあ聞くけど、一昨日とか一週間前とかその辺のことは、覚えてるわけ?」

ハッと顔をあげた順也が、目を泳がせた。

「・・・覚えてないんでしょ」

昨日のことばかりに気を取られていたが、それ以前のことも何一つ思い出せない。

さらに言えば、今いるこの部屋にも、見覚えがない。

「何も・・・思い出せない。・・・それに、ここはどこ・・・」

しどろもどろになった順也の肩に、突然暖かいものが触れた。

横目で見ると、しおりの白い手が、置かれている。

長くて綺麗な指に、一瞬目を奪われた。

「大丈夫。私がちゃんと説明してあげる。心配しないで」

優しく慈しむような声色に、順也の心は揺さぶられた。

20分後、コンビニの袋をぶら下げたしおりが帰ってくると、順也がソファの上で寝息をたてていた。

まだ、起きてから数時間しか経っていないのにと、不思議に思ったしおりは、ハッとして順也の顔を凝視した。

「まさか・・・。こんなに早く―――」

しおりが逡巡していると、順也がおもむろに目を開けた。

「・・・さゆりか?」

順也は、自分の本当の名前が『さゆり』であることを知らない。

驚いたしおりは、慎重に聞いた。

「勇也なの?」

わずかに首を縦にふり「あぁ」と答えた。

「えっほんとに!だってまだ、そんなに時間経ってないのに」

上半身を起こした勇也が、しかめっ面で首の後ろをさする。

「俺にもわからない。こんな変な場所で、寝たりなんかするからじゃないか。あー首が痛い。寝違えたか」

首を左右に振ったり、ぐるっと回しながら「それで、どうだった?」と聞いてきた。

「・・・これよ」

さゆりは、スマホの画面を勇也に向ける。

「7時間か。思ってたより短いな。前回は10時間はもったはずだ」

顔も背格好も、全く同じなのに、別人として、相手をしなければならない。

(わかっていても、慣れないな)

苦笑したさゆりが、ビニール袋をサイドテーブルの上に置く。

「それで順也のやつはどうだった。戸惑ってたか」

「うん。私のことを本当に女子高生と勘違いしたみたい。でも昨日セックスまでしたかは、半信半疑だった。さすがに一緒に裸で寝てただけじゃ、信憑性が薄い」

「マジか」と手を叩いて笑う。

「こんなのどうみてもコスプレだろう。企画物のAVでもこんなやついねえよ」

「ドンキで買ってきたのは、あんたでしょ」

そう言いながら、ブレザーとワイシャツ、スカートを脱ぎ、下着姿になる。

「なんだよ。もう着替えちゃうのか」

「少なくとも、7時間は出てこないんだから、女子高生のふりする必要もない」

「たしかに」

「それより、順也のやつ昨日どころか、もっと前の記憶も無くしてたわよ。そろそろ本当にまずいんじゃない」

「時間も短くなってきてるみたいだしな。俺が消えるのも、時間の問題か」

「主人格は、順也なんだから、こうなるのはわかりきってたでしょ。どうするのよ」

「どうしようもない」そう言いながら、勇也が抱きついてきた。

「ちょっと、やめて」

「少しだけならいいだろう。どうせ俺は消えるんだ。消える前に楽しみたい」

「人をおもちゃみたいに言わないで。今そんなことしてる場合じゃないでしょ。なんとか対策を考えなきゃ。ちょっと・・・」

勇也がブラジャーの中に、手を突っ込んできたので、肩を押して突っぱねた。

「なんだよ。冷たいな」

ズレたブラジャーを直し、寝室に駆け込むと、クローゼットに入っていた私服に着替えた。

「そういう格好の方が、さゆりらしくていい」

「誉めたって、ヤラないわよ」

目尻をつりあげ、勇也を睨む。

「さっきのは冗談だって。そんなに怒るなよ」

微笑を浮かべた勇也が、両手を振る。

「それで?この後は?」

私服姿のさゆりが、凛と背筋を伸ばす。

勇也は、顎に手をやって視線を上に向けた。

「うーん。また場所を変えるのは、不味いだろう。順也が混乱する。当初の計画通り、この部屋に監禁して、遺言書の保管場所を聞き出す」

「部屋なんてどうでもいいわ。問題なのは、順也が何も覚えていなかったことよ。あの感じじゃ保管場所も、本当に忘れてる。どうすんのよ!」

「だから落ち着けって」

憤慨しているさゆりを、勇也がなだめる。

「今はちょっと、混乱してるだけだ。薬で眠らせたりしたからな。落ち着いてくれば、順也の記憶は戻る。だから心配するな。さゆりは、計画通り保管場所を聞き出してくれたらいい」

「勇也が考えたあの計画ってどうなの。あんなのうまくいく?」

「それは問題ない。俺が三日三晩寝ずに考えたんだ。絶対にうまくいく!」

蔑むような眼差しで、勇也を見る。

「学生のテスト勉強じゃないの。そんな理由で、信じられるわけないでしょ」

苦笑いを浮かべると、肩をすくめた。

「そればっかりは、信用してもらうしかないな。じゃあ他にいい案があるのか?だったら聞くけど」

目線をそらしたさゆりが、勇也の横をすり抜け、寝室を出る。

「まあ、よろしく頼む」とさゆりの背中に、声をかけた。

ドカッとソファに腰を下ろしたさゆりは、乱暴にビニール袋を取ると、不機嫌そうにおにぎりの袋を破いた。

「俺の分は?」

「いらないって言ったでしょ」

「誰が?」

「あなたが」

「それは順也だろ?俺は勇也。腹減ったよ」

「買いに行けば?」

「・・・そうするか」と部屋を出て行ってしまった。

勇也、正確に言うと順也は多重人格者だ。

専門的な言葉で『解離性同一性障害』と言うらしい。

複数の人格が同一人物の中に存在する状態のことで、交代でそれらの人格が現れる。

それぞれの人格には、個性があり全く違う性格を持っている。

順也は、真面目で優等生タイプだが、気が弱くいつも何かに怯えている。

勇也は、ガサツでいい加減な性格で、ロクに物事を考えず、直感で動くことが多い。

全く性格の違う二つの人格が、一つの身体の中に存在しているが、なぜか記憶を共有することはできない。

順也が表に現れている時、勇也本人曰く、ずっと眠っているような感覚で、何も覚えていないらしい。

それは順也の時も同様で、勇也が表に現れている時のことは、順也も覚えていないようだった。

そしてなんと順也は、自分が多重人格者であることを認識していない。

そのため、勇也の存在も知らない上に、たまに記憶を無くすことを、何かの別の病気だと勘違いしてしまっている。

そのせいで、ますます自信を無くし萎縮してしまっていた。

反対に勇也は、順也の存在を早くから認識し、うまくその状況に馴染んでいるようだった。

元々順也が、主人格、最初から存在した人格であり、勇也は12歳の頃、母親の死をきっかけに生まれた人格だ。

順也が12歳の時、母親が運転する自動車が、信号を無視し交差点に突っ込んできたトラックと衝突事故を起こした。

助手席に乗っていた順也は奇跡的に、軽傷で済んだが、トラックの衝突をまともにくらってしまった運転席側の母親は、即死だった。

天地が逆さまになった車内で、運転席に横たわる無残な姿の母親を目の当たりにし、順也の心は壊れてしまった。

その悲惨な現実から目をそらすために、勇也という人格が誕生した。

勇也が覚えている最初の記憶は、頭から真っ赤な血を流した見知らぬ女性の姿だった。

『解離性同一性障害』の発症する主な要因として考えらえているのが、幼少期に受けたトラウマや心身喪失ではないかと言われている。

ある時期に体験したひどい出来事を、受け止めるために、自分ではないもう一人の人格を形成しているのではないか。

悲惨な事故をきっかけに、勇也が誕生したことを考えると、それも頷ける。

母親を失ったばかりの順也は、精神が安定せず、勇也が表に出ることが増えていった。

彼はその間に、自分の正体と周りの状況を理解した
ところが成人式を終えた頃から、主治医の献身的な治療のおかげで、順也は少しずつ母親の事故のショックから、立ち直り始めた。

すると勇也が表に出る時間も短くなり、なぜか順也の記憶も曖昧になってくることが多くなった。

そんな折、唯一の肉親である父親のガンが見つかり、余命半年と宣告されてしまう。

実業家である父親は、仕事ばかりでロクに家に帰ってこなかったが、妻を失ってからは、全く家に、足を踏み入れることがなかった。

愛する妻を不慮の事故で失った父親は、そのショックから順也と距離をおいた。

父親と疎遠になり、自立していた順也にとって、余命宣告はあまり大きな問題ではなかった。

ところが、ここで思ってもみなかった問題が浮上する。

実業家として成功を治めていた父親には、莫大な資産があった。

彼の死後、その資産は息子である順也が相続することになるのだが、それを快く思わない連中もいた。

父親の会社の取締役達は、彼の遺産は会社のものであり、親子関係が希薄だった長男には、その資格がないと訴えたのだ。

個人の遺産を会社の財産と考えるなんて、あまりに傍若無人な訴えであり、到底認められるものではなかったが、この訴えをきっかけに「父親と内縁関係にあった」や「子供を産んだ」などと言い出す女性達が多数現れた。

どれも事実関係がはっきりせず、虚偽である可能性が高かったが、肝心の父親は、この頃から病状が悪化し、意識不明の昏睡状態になってしまった。

事実関係が、はっきりしないとわかった途端女性達は、父親と順也を相手に民事裁判を起こした。

実は、この女性達は取締役達が、父親の遺産を自分達のものにするために用意した、偽物だったが、順也はそんなこと知る由もない。

しかしここで、父親がガンの宣告前に、遺言書を残していたという、新たな事実が発覚する。

そしてなんと父親はその遺言書を、順也の元に郵送していたのだ。

『私に万が一のことがあれば、これを開封しろ。それまでは大切に保管してくれ』

父親からそう伝言を受けた順也は、遺言書を無くさぬよう、厳重に保管することにした。

ところがここで、さらなる不運が重なってしまう。

解離性同一性障害によって、記憶が曖昧になっていた順也は、その保管場所を忘れてしまったのだ。

遺言書の内容が、裁判の行方を大きく左右すると考えた会社の取締役達は、順也にどこに保管したのか問い詰めたが、その時表に出ていたのは勇也だった。

勇也は、取締役達との会話から、これまでの事情を知り、遺言書をうまく利用する手を考えた。

そして、父親と内縁関係にあると虚偽の証言をしていた、さゆりに接触し、一緒に遺言書を手に入れて、莫大な財産を手に入れないかと持ちかけた。

初めは、疑いの目を向けていたさゆりだったが、勇也が自分達は解離性同一性障害、多重人格者であることを告白し、遺言書に書かれている内容は、おそらく遺産は全て順也にのものになること、その順也に取り入れば、遺産を自分のものにできると持ち掛けられ、協力することを決めたのだった。

当初の勇也の計画では、さゆりが女子高生のふりをして、ロリコンの順也を誘惑し、気を許したところで、遺言書の場所を聞き出すということだった。

「でも忘れているんだから、そんなことしても意味ないでしょ」

さゆりが疑問を口にすると、勇也が首を横に振った。

「いや。これは俺の勘だが、順也は保管場所を忘れていないと思う。ただ忘れたふりをしているだけじゃないかと思う」

「なんのために?」

「そりゃあ、めんどくさいことに、巻き込まれたくないからだろ。順也は、人付き合いが苦手で他人に興味がない。自分一人が生きていければ、それでいいと思っている白状者だ。裁判なんて最も嫌悪する部類の一つだ」

「だったら遺産なんて放棄したらいいんじゃない」

「他人に興味はなくても、金はいる。もらえるものはもらっておこうって腹積もりなんだろ」

自分のことなのに、まるで他人事のように話す勇也が、おかしかった。

「わかった。協力する」

―――あの時は、そう言ったけど・・・。

さゆりはここにきて、勇也に協力したことを後悔していた。

勇也のこんないい加減な計画では、とてもうまくいくとは思えなくなってきたからだ。

初め、順也はロリコンだから、女子高生のふりをして、近づけばイチコロだと言われたが、実際会ってみるとそんなことはない。

警戒心が強く、さゆりがいくら誘惑しても、暖簾に腕押し、全く手応えがなかった。

昨日は仕方なく、睡眠薬を使い順也を眠らせ、勇也と人格を入れ替え、計画通りこの部屋まで連れてくることができたが、予想外の出来事の連続に、さゆりは生きた心地がしなかった。

それに勇也の人格が出ていられる時間が減り始めたことも気になる。

以前は、10時間以上は平気だったが、今日の朝は7時間と3時間も短くなっている。。

このままでは、いつ勇也の人格が消滅してしまってもおかしくない。

先ほどの様子だと、本人もそのことに薄々気がついているようだが、全く焦っている気配がない。

万が一勇也が消えてしまった場合、さゆりだけでこの計画を進めることはできない。

(なんで私がこんな目に・・・)

乱暴にペットボトルを掴んださゆりは、力任せにそれを壁に投げつけた。

鈍い音をたて壁でバウンドしたペットボトルは、キャップが外れ、中身のミネラルウォーターをまき散らしながら、床を転がった。

さゆりはその様子を、憎々しい眼差しで見つめた。

<第2話へつづく>


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