小説「天上の絵画」第二部
朝焼けの陽光をうけ、水面が金色に輝いている。視線を上げると海面から立ち昇る白い靄が、ゆるやかな曲線を描く水平線を覆い隠していた。
浜辺に置かれたイーゼルが、海風に煽られて今にも倒れてしまうのではと心配になったが、土台がしっかりしているのか、イーゼル自体の質量が重いせいなのかビクともしない。
キャンバスの前に立った英司は、腕を大きくしならせて筆を振った。描くことに集中し没頭しているときの彼のクセだ。こうなると、周りのことが一切に眼に入らなくなる。婚約者である優愛が話しかけても無駄だ。
優愛はそんな彼の姿を見るのが好きだった。自分の世界に入ってしまうと、五、六時間平気で一心不乱に描き続けるのだが、寂しいと感じたことは一度もなかった。絵を描き終え、こちらの世界に帰ってきた英司は必ず「優愛、見てくれ!」と、いち早く描きあげた絵を見せてくれるからだ。そして、嬉しそうにその絵の自慢話を始める。その話に耳を傾けるのが何よりも幸せだった。
突然英司の腕の動きが止まった。どうしたのかと訝しんでいると、糸の切れた人形のようにガクンと肩を落とした。慌てて駆け寄り「どうしたの?」と肩に手を置くと、手のひらから伝わってくる感触がいつもと違うことに気がついた。カシミヤのセーターの滑らかな肌触りではなく、ザラザラとした細かい粒が手のひら全体に吸いついてくる。思わぬ不快感にたまらず目を向けると、英司の肩が徐々に砂に変わり始めていた。見る見るうちに肩口から肘、指先までが変化し、あっという間に英司の全身が砂に浸食されていった。
「英司君!!」
優愛が両肩を掴もうとすると、手の中で砂がくだけ、腕だった部分が散り散りになり跡形もなく消えた。恐怖で言葉を失った優愛の前に、砂の塊になった英司の首が落ちた。白目を向き、苦痛に歪んだおぞましい表情に優愛は悲鳴を上げた。
(つづく)