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【奇跡の人ジョージ】 統失2級が書いた超ショート小説

ジョージ・ヘイスティングスは第47代アメリカ大統領に就任した。親が政治家だった訳ではないが、ジョージ自身が有名芸能人だったので、謂わばハンデを貰っての大統領当選だった。そんなジョージは自分の事を幸運な人間だと認識していた。小学生の時は遠足のバスが事故を起こし、24人のクラスメイトが死んだが、ジョージは掠り傷1つ負わなかった。中学生の時は兄の結婚式で出された料理を食べた21人が食中毒で死んだが、同じメニューを食べていたジョージはここでも無事だった。高校生の時は教室に押し入って来たテロリストに32人のクラスメイトが殺されたが、またもやジョージは無事だった。大学生の時は旅行先のイギリスで565人が命を落とすビルの倒壊事故に巻き込まれたが、当然の様にジョージは助かった。人々はジョージの事を奇跡の人と呼んだ。

大統領就任4日目の昼過ぎにコネチカットの原発が核爆発を起こしてしまい、多くの被害を出したがアメリカ国民は楽観していた。何故なら奇跡の人が大統領だったから。ジョージはホワイトハウスから的確な指示を出し事態の収束に成功した。結局この事故では3万2千人が命を落とした。大統領就任556日目の夕方、サンフランシスコ沖でマグニチュード12の大地震が発生し高さ15メートルの大津波が街を飲み込んでいった。この地震と津波では8万人が命を落としたが、アメリカ国民に悲しむ様子は見られなかった。何故なら奇跡の人が大統領だったから。ジョージはここでも的確な指示の下、事態を迅速に収束させた。大統領就任826日目の未明には直径10メートルの隕石がニューヨークに落ちた。半径5Kmの圏内が壊滅状態に陥り
34万人が死んだが、ジョージは慌てる事なく復興支援の指示を出し、またもや事態を的確に収束させた。大統領就任1668日目には風速68メートルのハリケーンがフロリダに上陸し42万人のアメリカ人が命を落とした。しかし、アメリカ国民はここでもまた、奇跡の人ジョージの見事な復興手腕に心酔する事となった。その後もアメリカは内戦、外戦を経験し656万人が戦死したが、ジョージは見事なリーダーシップを発揮し、この危機を乗り切った。ジョージは史上最高のアメリカ大統領と称えられたまま退任の時を迎える事となった。ジョージの大統領退任式にはアメリカ中から奇跡の人の記念すべき日を目撃しようと63万人が集まり、彼等はジョージの勇姿に涙し拍手を送った。その大統領退任式の会場には同盟国からヒューマンエラーに依って2発の核ミサイルが飛んで来て51万人が死んだが、ジョージはまたもや無傷だった。奇跡の人は大統領最後の日もやはり奇跡の人だったのです。

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