本を贈ることができるだろうか?
人が人を想う。だから人は人に何かを贈る。歳を重ねると惰性となりがちな人へのプレゼントだが、改めて考えることで「価値の自覚」というものを持ってみたい。それが旨帰(しき)というものだろう。
贈答というのは、実に人間らしい所作だと思う。この「人間らしさ」のレベルを上げようと思った時、何をもってレベルを実感したものか。プレゼントというのは、そもそも片想いである。それで良い。贈って見返りを求めては、それは贈答ではなく「取引」となってしまう。勝手で一方的だからこそ社会的な営み。ゆえにプレゼントに「人間らしさ」のレベルなるものを考えるのも、送る方の自己満足と思って考える。貰った側の満足度など気にしない方が良い。
例えば、無難に金券などを贈ることはたやすい。合理性を説明しやすい。しかし、汎用的で流動性の高い贈り物は「相手が誰でもよく」「贈り主の気持ちに差別化要素は少ない」。送り主は別に私でなくても良い。流動性が高くなるほど、ロボットがロボットに贈ったプレゼントとの違いを探すのは難しい。
送り主たる自分ならではの物を贈るにはどうすれば良いだろう?誰かに相談するというのも一手である(自分は思っている以上に自分を知らない)。この時「文脈」が肝となる。文脈のレベルはどう見れば良いだろう?少し考えて、タイミングがずれても喜ばれるであろう可能性が高いほど「強い文脈」と言える気がした。
タイミングの良さなら、ロボットの方が上手かも知れない。昨今のマーケティングオートメーションの進歩は著しい。気の利くタイミングで勝負しようと思えば、たぶんロボットに軍配が上がるだろう。逆手に取って、どんなにひどいタイミングだったとしても、全てを逆転させる文脈で勝負した方が「人間らしさ」のレベルとしては高い気がする。最悪のタイミングで貰った恋人からのプレゼントが全てをひっくり返す。
「あなた」から「あの人」へ最強の文脈を伝えるとすれば、何を贈るのが良いか。結婚指輪など、人生に何度も贈らないものは別として、気軽に何度も贈る機会がある場合に何を贈ると良いか。「他の誰でもない自分から、他の誰でもないあなたへの贈りもの」であることが伝わるものは何であろう?
今のところ「本」以上にこれらの条件に合致するものを見つけられてない。
実のところ、本を贈るのは難易度が高い。相手がどのような本を喜ぶか。相手が欲しい本で、それでいて持っていない本を探し当てるのはやっぱり難しい。しかし、難しさゆえに相手に聞くと会話が弾む場合もある。相手の知らなかった一面を知ることができるかも知れない(←相手を知りたいあなたにとってお宝情報!)。実はサプライズでなくても、十分サプライズになるのが本の贈り物だったりする。
少し抽象的で、いくつかの解釈ができるような選書が良いかも知れない。さらに言えば「あなたは知らないかも知れないけど、きっと気にいるよ」という本を贈るとハズレにならない。ハズレにならなければ「本を贈った」という、それだけで相手から人間としての尊厳を得られる気がする。
本を贈ろうとすると、もう一つの発見がある。自分が本を贈ることができない場合、自分が相手に人間としての側面をそこまで見ていない可能性がある。突き詰めて、自分が人間らしさを認めている人はどのくらいいるのだろう?「上司」「同僚」「友達」というラベル以上の認識があるだろうか。自分を試す意味でも、本を贈ろうと考えてみるのも一興と思う。(人間としての側面に興味が持てないと面倒くさいと思ってしまう。)
自分に本を贈ってくれる人はどのくらいいそうだろうか? 自分が本を贈ることができる人がどのくらいいるだろうか?
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