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『反逆の報酬』(1972年11月11日・石原プロ=東宝 澤田幸弘)

裕次郎最後の主演作『反逆の報酬』

 昭和47(1972)年11月11日。石原プロモーションと東宝提携による『反逆の報酬』の製作発表が、主演の石原裕次郎、渡哲也により行われた。『影狩り』二部作に続く、石原プロ=東宝作品だが、裕次郎の日活最後の作品『男の世界』(1971年・長谷部安春)以来、2年ぶりとなる現代アクションとなる。

 この年、7月にスタートした「太陽にほえろ!」(NTV)で頼もしきボスを演じていた裕次郎は「映画でないと出来ないハードなものを」と、東宝のプロデューサー奥田喜久丸と、石原プロモーションの「コマサ」こと小林正彦専務とディスカッションを重ねた。

 監督は、日活で裕次郎デビューの年に『人間魚雷出撃す』(56年・古川卓巳)、渡哲也の代表作「無頼シリーズ」の助監督を務めてきた澤田幸弘が務めることになった。澤田は渡哲也主演の『斬り込み』で監督デビューを果たし、「太陽にほえろ!」でも第3話「あの命を守れ!」(72年8月4日)から監督を担当している。
 脚本には、裕次郎と渡共演の日活映画『嵐の勇者たち』(69年・舛田利雄)を手掛けた永原秀一と、東映で『昭和残侠伝 人斬り唐獅子』(69年・山下耕作)など任侠映画を執筆していた長田紀生。プロット打ち合わせは、永原と長田、澤田監督の3人で熱海の旅館で行われた。タイトルは「翔べ!悪党たち」「悪党天使」を経て『反逆の報酬』となった。

 決して予算は潤沢ではなかったが、裕次郎は「映画はアイデアだ」と若手の永原たちに内容を一任。ただし裕次郎は、自身のファースト・カットを「死んだはずの男が現れる」ミステリアスなムードを出すために、キャロル・リード監督の名作『第三の男』(49年)の主人公ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)の登場場面のようにしたいとリクエストした。 また、裕次郎が演じる沖田徹男が顔に傷があるスカーフェイスなのも、暗黒街に生きる男のイメージを強調するためで、日活でのハードボイルド映画『黄金の野郎ども』(67年)同様、裕次郎のアイデアによるもの。 渡は日活ニューアクションからそのまま抜け出てきたような、クールなワル・村木駿。品行不良で新聞社をクビになり、今は恐喝もいとわない報道カメラマンを演じている。村木と沖田が、高峰三枝子がマダムのバー「アンカー」で殴り合うシーンは、狭いセットを効果的に使って、日活アクションを支えた裕次郎と渡の壮絶なファイトが展開される。初共演の『泣かせるぜ』(65年・松尾昭典)での船上の闘いのリフレインでもあるが、そのルーツはジョン・ウェインとランドルフ・スコットの西部劇『スポイラース』(42年)以来の活劇の伝統。殴り合いの果てに、敵対してきた徹男と村木の間に連帯感が生まれる。日活アクションで繰り返されてきた「男の世界」である。 

 徹男と村木。それぞれの「あにいもうと」の物語が、このハードアクションの要でもある。村木にとって妹のような存在の沢田真由美を演じた夏純子は日活出身。『影狩り ほえろ大砲』に続いての石原プロ作品への出演となる。裕次郎演じる沖田徹男の異母妹の秋子には、昭和45(1970)年に当時の夫・タッド岩松が撮影した写真集「イッピー・ガール・イッピー」で注目を集めた女優・鰐淵晴子が演じ、渡との大胆なベッドシーンも話題となった。 

 狡猾な悪のボス・桜井には『影狩り』2部作でニヒルな月光を好演した、大映出身の個性派・成田三樹夫が、裕次郎と三度目の共演を果たした。成田は渡とも『新宿アウトローぶっ飛ばせ』(70年・藤田敏八)で共演している。東宝映画ではあるが、桜井の顧問弁護士・菊川役の小池朝雄、殺し屋・矢部役の藤岡重慶、その相棒でナイフ投げの名手・健一役の武藤章生、ダーティな刑事・岩本役の深江章喜、日活アクション常連のバイプレイヤーが顔を揃えている。『反逆の報酬』は昭和48(1973)年2月17日に公開された。裕次郎と渡哲也。二人の映画スターが、テレビのフレームには収まりきれない、男の友情とハードな復讐をダイナミックに演じている。これぞ映画の魅力である。これが裕次郎にとっては最後の映画主演となった。

大女優・高峰三枝子と裕次郎

 戦前の松竹映画で「歌う映画女優」として『純情二重奏』(1939年)などでトップ女優となった高峰三枝子は、デビュー以来の裕次郎ファンで、公私ともに親しくしていた。裕次郎が『黒部の太陽』(68年)を製作した時には、ノーギャラで特別出演を申し出て、三船敏郎の妻を演じた。その返礼として裕次郎は、高峰司会のフジテレビ「3時のあなた」のトークゲストに出演、映画作りへの夢を語り合った『反逆の報酬』では、沖田(裕次郎)にとっては唯一の居場所であるバーのマダムを演じることになり、裕次郎自らが出演交渉。撮影現場ではスタッフに「高貴な方が来る」と高峰に対するリスペクトを忘れなかった。高峰は裕次郎が病に倒れたとき、「西部警察」への友情出演を自ら申し出て第104話「栄光への爆走」(81年)に出演、裕次郎不在の番組を盛り上げた。石原プロ20周年記念特番「石原裕次郎と太陽の仲間たち!!」(83年・テレビ朝日)で、高峰と裕次郎が「二人の世界」をデュエットした。

主題歌・挿入歌の魅力

 裕次郎は主演デビュー作『狂った果実』(56年)の挿入歌「想い出」でレコード・デビューを果たした。以来、裕次郎映画にはつきものだったが、本作でも主題歌「反逆の報酬」と挿入歌「徹男と秋子のバラード」を昭和48(1973)年2月、映画公開と同時にリリースした。徹男(裕次郎)と異母妹・秋子(鰐淵晴子)の、映画では描かれていなかった「これまでの物語」を、二人の心象風景として描いた「徹男と秋子のバラード」(作詞・保富康午 作曲・広瀬健次郎)は、それまでの裕次郎ソングや、歌謡曲のスタイルとは一味違う。裕次郎が語るように歌い、妹への愛おしさ、その絆を優しく表現している。映画ではメロディーがゆっくりと流れ、バー「アンカー」に秋子が現れ、あにいもうと再会の瞬間に、アカペラの裕次郎の歌声が流れる。見事な音楽演出である。これはレコードとは異なる映画テイク。主題歌「反逆の報酬」はエンドロールの二人のユーモラスなショットに流れる。ちなみにこのストップモーションは、裕次郎のアイデアだった。

裕次郎映画を支えるスタッフ

 裕次郎映画を支えてきたベテランと、石原プロモーションで幾多のテレビ映画を手がけていくスタッフが集結した。沖田の初登場シーンや、バー「アンカー」での沖田と村木の殴り合いなど、照明テクニックの妙が味わえるが、担当したのは藤林甲。裕次郎が「お父ちゃん」と慕う、戦前からのベテラン照明マンで『勝利者』『鷲と鷹』(57年)など裕次郎映画のライティングを手がけてきた。藤林にとってこれが最後の映画作品となった。キャメラの金宇満司は『黒部の太陽』から石原プロ作品の「眼」としてキャメラを手がけ、テレビ「大都会」「西部警察」の撮影も手がけ、石原プロ常務として裕次郎を支えていく。日活で『憎いあンちくしょう』(62年)などの録音助手をつとめてきた録音の佐藤泰博は、石原プロの映画、テレビ作品をずっと手がけ2021年の解散まで石原プロを支えた。美術の小林正義も石原プロ作品のアート・ディレクターとして数多くのセットを作っていく。

参考文献
「石原裕次郎 昭和太陽伝」(佐藤利明・アルファベータブックス)


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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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