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『黒い賭博師 悪魔の左手』(1965年・中平康)

 『黒い賭博師』(65年8月4日)で中平康のリニューアルが成功し「賭博師」は「黒い賭博師」シリーズとして生まれ変わった。空前の007ブームを背景に、オフビートな展開、氷室浩次のクールさ、奇想天外な敵キャラ・・・ それまでの過去を背負った孤高のヒーローと訣別し、 マイトガイにコミカルさが加わり、魅力が倍増した。中平康=小林旭コンビは、前作『黒い賭博師』に続いて『野郎に国境はない』(65年11月13日)を完成させ、江崎実生の『黒い賭博師 ダイスで殺せ』(65年10月8日)が作られる。『ダイスで殺せ』で二谷英明が扮したヌイサップの好敵手ぶりが、本作の教授役とつながっている。
 『野郎に国境はない』のアキラは秘密諜報部員でありながら、展開やテイストはほとんど『黒い賭博師』ノリ。中平は香港で『特警零零九』(67年)としてセルフリメイクしているほど。鈴木やすしの子分とのコンビネーションは、本作『黒い賭博師 悪魔の左手』へと継承されていく。
 さて『悪魔の左手』だが、アバンタイトルでいきなりエキゾチックなパンドラ国が登場。文字通りの裸の王様には、これ以上の適役はないだろう大泉滉。第一夫人役の戸川昌子は中平の『猟人日記』の原作者にして主演者、第二夫人の冨士真奈美は『黒い賭博師』のヒロインで『野郎に国境はない』でもワンシーン出演している。そのキングをそそのかしている賭博大学の学長に二谷英明。もうこの設定だけで本作がコメディとして用意されていることがわかる。しかも、打倒氷室を誓うのが、ベテランのおばあさん女優・原泉! そしてタイトル。意味不明の歌詞「ジョルダニヤ」のエキゾチシズムとバカバカしさ! 「マイトガイ・スーパーグラフィティ」(白夜書房)のフィルモグラフィでは「曲名不明」としていたが、中平監督の資料によると「ジョルダニヤ」との表記がある。ここで謹んで訂正させていただく。
 本作の氷室浩次はさらにコミカル。「もう結婚はこりごり」のセルフパロディ! アキラは軽いキャラもよく似合う。鈴木やすしのチョンボとのコンビネーション。『黒い賭博師』で左遷されてしまった谷村昌彦の花田刑事も無事に東京警視庁に復職。
 シリーズものの楽しさに溢れたオープニングの後、パンドラ王国から刺客1号・盲目のギャンブラー、天坊準が登場。この刺客たちが実にユニーク。少年ギャンブラー2号のジュディ・オングのキュートさ。そして3号が頭にターバン、マントを翻すおばあさん原泉の荒唐無稽ぶり。
 画面をさらうのが、神田隆の食いしん坊な蒲郡親分。トンマな部下たちを叱咤するルーティーンに「パンドラだかホンダラだかわからない」の名台詞。名傍役弘松三郎のトンチンカンな翻訳シーンなど、子分の右往左往ぶりも見もの。
 ヒロインは『野郎に国境はない』の広瀬みさ。第三王妃チューリップで、元ナイトクラブのホステスという設定は、インドネシア大統領夫人となったデビ夫人のパロディ。清純なイメージがある広瀬は、この後、傑作『放浪のうた』(66年6月15日)で、浅丘ルリ子らが演じて来た無国籍映画ヒロインの集大成的な役を演じている。コミックアクション全盛期、『放浪のうた』のような「渡り鳥」「流れ者」リスペクトが作られたことは記憶に値する。
 やがて二谷英明の教授と王様が来日。王様は水爆を所有するのが夢。その資金源として賭博の水揚げが必要なのだ。『黒い賭博師』の最後でベトナム北爆を揶揄した中平だが、オフビートな笑いのなかにブラックな時事ネタを用意している。競艇場でのボートチェイスは、明らかに007を意識したもの。ビルの窓枠にぶら下がるアクロバティックなアクションも健在。
 クライマックスの狂騒曲もすごい。キングがアベベ風にマラソンする場面のBGMはエースコックの「ブタブタコブタ〜」のCM曲。子豚を使ったブラックユーモア。大使館で繰り広げられる3号こと原泉とアキラの一騎打ち。おばあさんと戦うヒーローなんて! そこに例の「ジョルダニヤ」が流れる。横山道代のコメディエンヌぶりも特筆もの。
地下室に閉じ込められた登場人物たちがどうして脱出できるか? そこはマイトガイ映画、やはり小林旭はマイトガイなのである。
 「黒い賭博師」三部作が、後に香港映画「ゴッドギャンブラー」シリーズへ多大な影響を与えたというのも納得できる。アキラ自身にも、モダンなダンディズムがその魅力に加わり、こうしたスパイアクション風の作品群が、やがて長谷部安春のデビュー作『俺にさわると危ないぜ』に結実することになる。

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