『エノケンのどんぐり頓兵衛』(1936年・山本嘉次郎)
『エノケンのどんぐり頓兵衛』は、インチキ大道芸で荒稼ぎをしているエノケンの頓兵衛と、その乾分・團九郎(二村定一)と甚十郎(田島辰夫)が繰り広げる珍騒動の数々を描いた時代コメディ。
タイトル明け、「蝦蟇の油売」をしている頓兵衛。エノケンの名調子で口上がテンポよく述べられる。立ち並ぶ客のなかには、團九郎と甚十郎がいる。お約束の通り二人はサクラ。二人を皮切りにどんどん「蝦蟇の油」が売れてゆく。ほとんどの客が買い求め、立ち去ったところで、くだんの二人が戻ってきて払い戻しをする。そこまではパターンだが、次々と先程の客が払い戻しにやってくる。手慣れた調子で応じる頓兵衛。気がつけば無一文。「なんでぇ! 買ったのサクラの客ばかりじゃねぇか!」と大いにクサる。
頓兵衛。万事がこの調子で、インチキ商売もままならぬ。團九郎と街角を歩いている頓兵衛。見れば、若い娘が手を振っている。ニヤリと色悪めいた笑みを浮かべて
團九郎「♪あれあれ、綺麗な娘が招いておりますぅ〜」
頓兵衛「♪誰を呼んでるんだい?〜」
團九郎「♪誰をって、とぼけちゃいけねぇ。親分、あんただ〜」
女の子はまだ手を振っている
頓兵衛「何云ってやんでぇ! ♪女にかけちゃ、自信があるんだ〜」
團九郎「♪わたしゃ、恐れ入りますぅ〜」
頓兵衛、真顔になって「俺は、女にかけちゃ絶対惚れられない自信があるんだ。自慢じゃないけど、この二十年来、女にモテた試しがねぇじゃねぇか!」と自信タップリ。
女の子の手を振るバックショットからロングで捉えた頓兵衛と團九郎のワンショット。通りの向こうから別な女の子が手を振りながら、くだんの女の子に駆け寄る。
二村とエノケンの掛け合いソングの楽しさに、映画ならではの視覚をうまく使った映像ギャグ。頓兵衛たちがただのピカロ=悪漢ではないというコミカルな場面となっている。ヤマカジ=エノケンコンビはここでも音楽を効果的に使っている。
エノケンの盟友・二村定一の名調子が堪能できるのも『どんぐり頓兵衛』の魅力。インチキ居合斬りショーの呼び込みのノンシャランな感じ。真剣を使った居合切りショーのダンス風の動きは、およそ腰の入り方はなっていないが、フワフワした感じは、ある種の不謹慎さもある。不良の魅力。それが二村の味であるが、時代劇に似つかわしくない雰囲気がいい。その「真剣ダンス」で頓兵衛の実力が「勘違い」されて、とある武家に頓兵衛がスカウトされたところから、ドラマは急展開。
座敷に招かれ、上機嫌の頓兵衛が、勧められるままにでっち上げの武勇伝を身振り手振りを交えて大熱演。「♪そもそも、それがしの武勇こそ、驚くばかりの物語ぃ〜」と、ホラを吹き倒す。
頓兵衛「♪さてもある時、山路に迷い、いかがなさんとアチャラを見れば、たき火にあたる怪しい男。五人、十人、十五人。グルリと拙者をとりまいた」そこへすかさず、團九郎が立ち上がり
團九郎「♪見りゃ、旅のお侍。ここは一丁目があって二丁目のないところ、身ぐるみ脱いでおいていきやがれ」
画面がロングになると甚十郎も立ち上がっている。
頓兵衛「♪けれど拙者はへいちゃらだ。察するところ汝らは、一足、二足の草鞋よな」
團九郎「♪サンピン、それは何のこと?」
頓兵衛「♪アタマが悪いぞよく聞けよ。一足、二足で山賊だ!」
そこから三人の立ち回りが音楽に合わせて、大道芸のネタであるチャンバラ・ダンスとなる。会話がいつしか歌となり、さらにネタとなるその呼吸。
栗原重一による暖かい劇中音楽が、イントロとなり観客の期待感をあおる。山本の音楽演出の良さで、ミュージカルともオペレッタでもない、エノケン独自の音楽劇へと昇華されてゆく。
武勇伝はこの後、そこらにあった大岩を「ちぎっては投げ、ちぎっては投げ」とエスカレート。五代目古今亭志ん生の「弥次郎」よろしく、壮大なホラ話へと発展。
このシークエンスの音楽演出は「武勇伝」に留まらない。頓兵衛たちの座敷を向かいの座敷からそっと見ていた当家の息女・梢(高尾光子)が、乳母・松の木(清川虹子)に、座敷にいる男への思慕をそっと伝える。松の木「左から三人目の方ですか?」伏見がちに「ええ、左から三番目の方」と答える梢。その時点で、左から三番目には頓兵衛が移動している。あきれる松の木。
梢「♪ひとめ見た時、好きになったのよ〜」
松の木「♪何がなんだかわからないのよ〜」
画面はそのまま、座敷の頓兵衛となる。
頓兵衛「♪日暮れになるとお化けが出るのよ。知らず知らずに震えてくるのよ〜」と「愛して頂戴な」ならぬ「退治して頂戴な」のナンバーとなる。
三人のそれぞれの思いが歌で綴られる。先程の「女にかけちゃ自信がない」という勘違いギャグがリフレインされ発展した形となる。何にも知らない頓兵衛は気持ちよさそうにホラ話を続けている。
『どんぐり頓兵衛』の魅力は、『近藤勇』で試みられた音楽とシーンの融合に加えて、掛け合いソングの魅力であり、歌が次の歌を誘発するというミュージカル的には理想的な展開にある。
梢さんに岡愡れされていると勘違いした頓兵衛。ついに恋の病の床に伏してしまう。その思いを浪曲風に歌う頓兵衛。「♪寝ては夢、起きてはうつつ幻の〜」ここから転調となり「♪水に写りし月の影(中略)グッショリと濡れてみたいは人の常〜」とエノケン得意の照れポーズで、えんえんと梢さんへの思いを募らせる。
頓兵衛「♪だって、会わずにゃいられない。思い出でくる梢さん〜」
そこへ團九郎「嫌んなっちゃうな」と呆れながら
團九郎「♪明日はあっしら二人で、ものの見事にし遂げましょ〜」
頓兵衛「♪いいのね。いいのね。しっかりやってね」
團九郎「♪OK,OK」
頓兵衛・團九郎・甚十郎「♪ザッツ・OK」
と、当時の流行歌「ザッツ・OK」の替え歌となる。最後の三人のコーラスがタイミングを外してバラバラで、明らかにNGテイクなのだが、そのまま本編に使っている。ともあれ、ここでも掛け合いソングと、歌が歌を誘発するという構成になっている。
この後ドラマは頓兵衛が梢の父を殺してしまい、仇持ちとして遁走。とある城下で殿様・出目井玉之守とそっくりなので、間違えられてというエノケン劇ではお馴染の二役ものとなる。ラストまで、音楽とシークエンス、そしてギャグがちりばめられたエノケン映画の最良作の一つとなっている。
『近藤勇』『どんぐり頓兵衛』と、時代劇が二本続いたエノケン映画だが、次の題材にはハリウッド・ミュージカル形式の現代劇が選ばれた。それが、エノケン=ヤマカジ・コンビの音楽映画志向が最も強く現われたニッポン・ミュージカルの傑作『エノケンの千万長者』(36年7月21日)と『續・エノケンの千万長者』(同9月1日)である。
この頃、ハリウッドではフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの『トップ・ハット』(35年)や『艦隊を追って』(35年)といったダンス映画。ビング・クロスビーのパラマウント音楽劇などが次々と作られ、そうしたシネ・ミュージカルが、東京丸の内の「日本劇場」や「日比谷映画」「邦楽座」などでロードショー公開されていた。ダンス・ホールにはジャズがあふれ、カフェーの蓄音機からはジャズ・ソングが流れていた。アメリカ志向の強い昭和モダン文化がピークに達していた。