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平成の若者たちへ 『男はつらいよ ぼくの伯父さん』(1989年・松竹・山田洋次)

文・佐藤利明(娯楽映画研究家) イラスト・近藤こうじ

2024.02.10(土)BSテレビ東京「土曜は寅さん!」で第42作『男はつらいよ ぼくの伯父さん』放映!拙著「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)よりご紹介します。

 平成元年の年末に封切られた『ぼくの伯父さん』からは、後に「満男シリーズ」と呼ばれる、若い世代を描いた新展開となります。『ぼくの伯父さん』は、冒頭、満男のナレーションで始まりますが、以降の作品では満男の心象風景、寅さんへの想いが、ナレーションで綴られていきます。

「いつも人の世話ばかり焼いていて、世間では変人扱いされている伯父さんだが、ぼくは近頃、なぜかこの人に魅力を感じるんだ。今頃、どこで何をしているんだろう、ぼくの伯父さんは」

 観客にとって身近な存在だった寅さんが、ここからは満男の目を通して「ぼくの伯父さん」というかたちで描かれていきます。

 第二十七作『浪花の恋の寅次郎』で、中村はやとくんからバトンタッチした吉岡秀隆くん演じる満男も、平成に入って浪人生となり、さまざまな悩みを抱えています。博とさくら夫婦が、手塩にかけて育ててきた筈の息子でしたが、親の意に反して、なかなか思うようにはならない。それはいつの世にも、どの家庭にもあることです。本作から、そんな諏訪家のドラマが主軸となってきます。

 山田洋次監督は、吉岡秀隆少年と『遥かなる山の呼び声』(一九八〇年)で出会い、小学生、中学生、高校生と、その成長過程を、満男を通して見つめてきました。「吉岡くんがいいんだよ」「とても良くなってきたんだ」と、撮影中に山田監督にインタビューしたときも、まるで我が子のように、吉岡くんについて話してくれました。

その吉岡秀隆=満男が、これからどういう人生を歩んでいくのか? 人生に迷い、青春に悩む甥っ子を寅さんが、どう応援していくのか? かつて「俺から恋をとったら何が残る?」との名言を残した寅さんの甥として、どんな恋愛遍歴を経験していくのか、山田洋次監督は、国民的シリーズと呼ばれて久しい、このシリーズに、新しい風を吹き込むことにしたのです。

 満男が思いを寄せる美しき少女・及川泉には、「国民的美少女コンテスト」でグランプリに輝いた後藤久美子さんを抜擢。ここで観客層も大いに若返ることとなります。今まで寅さんを観たことのない若い世代のための「男はつらいよ」を作るにあたって、山田監督は実に丁寧に、シナリオを構築し、寅さんの言葉の一つ一つを吟味して、悩める若い世代に向けての大きなエールを、という「志のある」作品となっています。

 映画は、ローカル線から始まります。茨城県水戸市の水戸駅から福島県郡山市の安積永盛駅までの水郡線です。結婚式帰りの老人(イッセー尾形)が立っているのに、学校帰りの高校生たちが、我が物顔で座席に坐っています。寅さんは憤然として、学生たちに席を譲るように促します。しかし老人は、自分を年寄りと思っていないので、寅さんの行為を余計なお世話だと怒り出します。立つ瀬がなくなった寅さんは、猛然と老人に食ってかかり、大げんか。そこに仲裁に入るのが、さきほど迷惑行為をしていた学生たち。このタイトル前の騒動に、伯父さんを想う満男のナレーションが流れます。

 このオープニングで「若者と寅さん」という本作の骨子がはっきりと見てとれます。主題歌に続いて、諏訪家の朝の情景。浪人生の満男と、さくら、博が言い合いをしています。バイクで予備校に通う満男と、自転車通勤の博の対比が笑いを誘います。さくらは満男が恋をしているのかもと、母親の敏感さで察知しています。こうして満男の泉への想いが少しずつ明らかになります。父親とはうまくいかない、こんな時「お兄ちゃんだったら」とさくらが想っているところへ、寅さんが帰ってきます。

 いつもなら江戸川堤を金町方向から歩いてくる寅さんですが、今回は滔々と流れる江戸川を、矢切の渡しに乗って、渡ってきます。迎えるのは源ちゃん。特別な雰囲気すら感じられますが。初めて「男はつらいよ」を観る観客には、ここで寅さんが登場するんだなぁ、と実感させてくれる良いショットです。

 そして「くるまや」に懐かしさいっぱいに入ってくる寅さん。さくらに満男の悩みを聞いて欲しいと頼まれて、満男を連れて、浅草のどぜう屋さんへとやってきます。このどぜう屋は、大船撮影所のセットなのですが、浅草にある老舗・飯田屋をモデルにしています。そこで寅伯父さん、満男を一人前の男として扱って、酒の飲み方を指南するのです。

「いいか、まず、片手に盃を持つ、酒の香りを嗅ぐ、な、酒の匂いが腹の芯にジーンと染み通った頃、おもむろに一口飲む。さぁ、お酒が入って行きますよ、ということを五臓六腑に知らせてやる。」

 堅物の博には教えることの出来ない、男の作法の伝授。こういう時の寅さんは実に頼もしく、観ていて幸福な気持ちになります。ここで満男の泉ちゃんへの想い、彼女の唇など肉体のことまで考えてしまう自分は不潔だという悩みを聞いた寅さんは、かつて博に「自分を醜いと知った人間は、決してもう醜くないと」言われた話をします。

「な、考えてみろ、田舎から出てきて、タコの経営する印刷工場の職工として働いていた、お前の親父が、三年間、じっとさくらに恋をして、何を悩んでいたか、今のお前と変わらないと思うぞ。そんな親父をお前、不潔だと思うか?」

 第一作で描かれていた博の青春の悩み、さくらへの想いを、二十年後に、息子の満男に伝える寅さん。満男は「やっぱり伯父さんは苦労してんだなぁ」と感心します。こうして、寅さんの指南を受け、満男は、名古屋に住む、泉に会うため、初めての家出をします。

 『ぼくの伯父さん』からの寅さんは、人生の先輩として、自分のような愚かな男にならないで欲しいという思いもあって、満男の成長を暖かく見守り、時にはこうした具体的な言葉でサポートをしていきます。そして本作から、満男と泉の世代の音楽として徳永英明さんの曲が挿入歌として登場します。それまで折々の流行歌が、街角や酒場、テレビのバックグラウンド音楽として劇中に流れることはありましたが、徳永英明さんの「MYSELF〜風になりたい」は、満男が名古屋から泉の住む、九州佐賀へと向かうバイクのシーンの音楽として使用されています。山本直純さんの音楽同様、徳永英明さんの曲が、「満男シリーズ」の重要なファクターとなってきます。

 寅さんは、満男だけでなく、若くして苦労をしている泉に対しても、守護天使のように優しく寄り添い、見守ってくれるのです。その優しさに触れることが出来るのも「満男シリーズ」の魅力なのです。

 この続きは「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)でお楽しみください。




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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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