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歌子との再会〜『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』(1974年8月3日・松竹・山田洋次)

文・佐藤利明(娯楽映画研究家) イラスト・近藤こうじ

2023年7月1日(土)「土曜は寅さん!4Kでらっくす」(BS テレ東)で第十三作『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』放映! 拙著「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)から、放映作品を抜粋してご紹介します。(期間限定)


 昭和四十九(一九七四)年、ぼくは小学五年生。寅さんと桜田淳子さんに夢中でした。テレビで放映される日本映画をよく観ていて、日活青春映画の吉永小百合さんの大ファンでもありました。第九作『柴又慕情』から二年。この間に小百合さんは結婚、一時、芸能界を休養していました。その復帰作、東芝日曜劇場「下町の女—その八」(一九七四年六月十六日放送)は、一年ぶりの小百合さんのドラマとあって、母と一緒にテレビを見詰めていたことをよく憶えています。

 その小百合さんの映画復帰作が、この第十三作『寅次郎恋やつれ』でした。この作品で、山田洋次監督は、結婚したばかりの小百合さん演じる歌子さんが未亡人になっているという設定にしています。小百合さんの結婚は、芸能マスコミを賑わせたばかりでなく、サユリストと呼ばれた男性ファンたちにとって大きなショックだったのです。

 余談ですが、当時の人気アニメ「ど根性ガエル」(MBS/TBS系)第三十九話「宝ずしの嫁さん募集の巻」は、小百合ちゃん結婚ショックから物語が始まります。それほど「吉永小百合結婚」とそのショックが世間を席巻していました。

 そのこともあってか『寅次郎恋やつれ』は、夢から前半にかけて、「寅さんの結婚」がテーマです。特に「寅さんの夢」は、それまでのアチャラカ劇とは異なり「寅さんの結婚式」となっています。

 寅さんは「一刻も早く、嫁さんを貰って、おいちゃん、おばちゃんに親孝行しよう」と思っていることが、この夢の嘆きでわかります。これが、本篇での温泉津で見付けて来たお嫁さん=絹代(高田敏江)騒動の伏線になっています。

 そこへ寅さんが帰って来て、島根県温泉津(ゆのつ)に結婚したい人が出来たという嬉しいニュースが茶の間を明るくします。寅さんの夢が、漁師町の海岸、というのは、この話の伏線だったのです。「寅さんのお嫁さん」に会うべく、さくら、タコ社長とともに、寅さんは島根県湯泉津に戻ってきます。そこで、寅さんは所帯を持とうと心に決めた絹代の亭主が戻ってきたことを知り、意気消沈。さくらとタコ社長も、絹代に会いに、わざわざ柴又からやってきただけに、この失恋はかなりの痛手だったと思います。

 第一作から寅さんは、失恋を重ねてきましたが、ここまでのキツイ展開はありませんでした。その痛手を和らげてくれるのは、それ以上の相手にめぐり会うしかありません。このあたりが『寅次郎恋やつれ』の構成の妙です。

 さくらがタコ社長とともに、津和野駅のホームで列車を待っている場面の会話がまた良いのです。社長は絹代について「あんな人が寅さんの嫁さんなら、さくらさんも安心なんだろうなぁ」とつぶやきます。「疲れたでしょう」さくらの労いの言葉に「それを言うなって、大阪にどうせ用があるんだから、もともと俺だってそう期待はしてねえんだよ。」

 このタコ社長、男前です。寅さんへも、さくらへも、優しい気持ちを向けて、それが当たり前の人なのです。さくらがふと見やると、中学校のブラスバンドがカール・タイケの「旧友」を演奏しています。清々しい子供たちの演奏を見ているさくら。自分たちとは違う人生や、暮らしがここにある。

 この瞬間、人は、ふとわれに帰ることが出来るのです。自分の抱えている悩みや、屈託が、大したものではないと感じて、心が軽くなることもあります。「ま、いいか」と少しだけ持ち直すことが出来る瞬間です。

 山田作品には、こうした日常のなかにある些細だけど、大事な瞬間が、さりげなく織り込まれています。このとき、さくらがどう感じたかはわかりませんが、ぼくは、さくらの気持ちを思い、ブラスバンドの「旧友」を見ている姿に、万感の思いを感じるとともに、ちょっとだけホッとします。こうした共感、共鳴によって、映画への感情移入が成り立っていると思います。

 その後、寅さんは、島根県は岩見福光の海岸に佇み、物思いにふけります。そして、いつものように益田市大浜にある大日霊神社で傘の啖呵売をします。そして美しい吊り橋(安富橋であることを知人の吉川孝昭さんからご教示されました)を渡るショットへと続きます。寅さんの傷心を思う観客の気持ちが、こうした美しい風景のなかで、癒されていくようでもあります。これも共感、共鳴による感情移入のチカラです。

 そして津和野の、このシーンへと繋がるわけです。津和野川の鉄橋を列車が渡り、変わらない日常の光景が展開されます。城下町津和野の殿町通りのほどちかくの食堂「すさや」で、寅さんがうどんを食べています。ボソボソという感じです。寅さんは嫌いなナルト巻を箸でつまんで、どんぶりの端に追いやります。本当に嫌いだということがわかるショットです。

 テレビから流れているのは、桜田淳子さんの「三色すみれ」です。「続・みんなの寅さん」の「寅次郎音楽旅」(文化放送・二〇一三年六月三十日)でもお話しましたが、小学生だったぼくにとっては、至福の瞬間でした。そこへ、事務服を来た女の人がお店に入って来るのです。彼女は歌子だったのです。「寅さんね」「うん。」

 失意の寅さんと、悲しみのなか日々を過ごしている歌子が、津和野の小さな食堂で再会する。運命の偶然というか、人生の必然というか、二人の気持ちを察すれば察するほど、鳥肌が立ってしまいます。

「どうしたの、どうしてこんなところにいるの?」
「どうしてって、俺は旅の途中よ。」

 歌子は、ここで泣いてしまいます。この二年間にあったこと、辛かったことがフラッシュバックしているのでしょう。第九作『柴又慕情』で、夜の題経寺で、寅さんに背中を押されて、結婚の決意を告白したこと。その後、寅さんは多治見の窯場まで、歌子夫婦を訪ねたこともありました。それなのに… という歌子の、寅さんへの申し訳ない気持ちもあったのでしょう。そんなことを考えてしまいます。これも感情移入のなせる業です。

 多治見で陶芸家をしていた歌子の夫は、去年の秋、実家のあるこの地で、病で亡くなったと、歌子が話します。なんとも切ない再会です。少年時代のぼくは、それまで流れていた、桜田淳子さんの「三色すみれ」の歌の主人公の切ない気持ちともリンクして、胸が苦しくなりました。これもまた感情移入のなせる業です。

 さて、歌子の身の上に同情した寅さん。柴又に帰っても「恋やつれ」とおばちゃんに言われるほど、歌子のことで頭がいっぱいです。

「二度と、ここへは戻って来ないよ。津和野のどこかの町はずれで、俺は、あの不幸せな歌子ちゃんの生活を見守って暮らすつもりだ」「とらや」を出て行こうとしたところに、歌子から、柴又の駅に着いたとの電話がかかってきます。

 大喜びの寅さん、早速、歓待の準備を、みんなに命じます。この時のハリキリ様! 歌子の幸せを願う寅さんと、歌子の幸せな日々が、再び展開されます。

 物語はここからいよいよ、寅さんの「恋やつれ」となっていくわけですが、この悲しみのどん底から、寅さん、歌子にとって、再び楽しい日々になっていく展開は、「夏の寅さん」にふさわしい楽しさに溢れています。

この続きは、拙著「みんなの寅さんfrom1969」(アルファベータブックス)でお楽しみください。


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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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