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『結婚行進曲』(1951年12月28日・東宝・市川崑)

 市川崑の才気煥発、ノンストップ・スクリューボールコメディの快作『結婚行進曲 Wedding March』(1951年12月28日・東宝)が初DVD化、2025年1月22日にリリースされる。

 83分の上映時間だが、セリフのテンポ、スピードが早くてシナリオはその1.5倍ぐらいのセリフの分量となっている。ハワード・ホークスの『赤ちゃん教育』や『ヒズ・ガール・フライデー』のようなスクリューボール・コメディが1951年に作られていたとは! とは、遅れてきた世代の驚きでもある。

 中原専務(上原謙)と島子夫人(山根寿子)は結婚七年目の夫婦。今日は、部下のカナ子さん(杉葉子)と小説家志望の青年・伊野君(伊豆肇)の結婚式。子供のいない中原夫妻は初の媒酌人を務めている。

トップシーンは、銀座五丁目、銀座通りに面した「明治製菓銀座売店」。大正13年に明治製菓がアンテナショップとして銀座売店をオープンさせ、昭和8(1933)年に改装オープンした。建築コンペに参加した前川國男の設計図案をベースにしたモダンな建物で、一階では菓子を販売。二階はティールーム、レストランになっており、小津安二郎『淑女は何を忘れたか』で、大阪に帰る桑野通子と見送りに来た佐野周二がお茶をする場面は、この店でロケーション。銀座三丁目、銀座松屋、伊東屋の隣にあった。この「明治製菓銀座売店」で、結婚披露宴が行われている。

明治製菓銀座売店

 この映画では、場面こそないが、杉葉子のカナ子さんが「チョコレートショップ」勤めから、中原専務の会社の営業ウーマンに抜擢されている。また、中原夫妻が久しぶりにランデブーするのも「明治製菓銀座売店」のティールームである。というのも、この映画のプロデューサーで、当時藤本プロダクションの代表で、のちに東宝の製作本部長となる藤本真澄が、明治製菓の宣伝部出身だから、でもある。藤本は昭和11(1936)年12月に、明治製菓から引き抜かれてP.C.L.映画製作所の宣伝部に入社。初仕事で、松竹から高峰秀子を引き抜いた辣腕でもある。P.C.L.時代から「明治製菓」とタイアップしており、それが戦前、戦後の東宝まで続いていく。『大学の若大将』(1961年・東宝・杉江敏男)で澄子が務めている「石山製菓」だが、これも「明治製菓」とのタイアップである。

 さて、初の媒酌人で張り切っている中原さんは、滔々とスピーチをしている。それに、いささかうんざりしている鳥子夫人。ここから彼女のモノローグによる「これまでの経緯」が回想という形で展開していく。この時、披露宴の出席者がカメラ移動で紹介される。鳥子の母で築地で料亭「ひさご」を切り盛りしている熊子(沢村貞子)、ちゃっかり屋の妹・鯛子(木匠久美子)、踊りの師匠・藤間寿五郎(伊藤雄之助)、中原さんにゾッコンの芸者・菊奴(高杉早苗)などなど。最初のシーンでは、彼らのキャラクターは不明だが、物語が進むにつれて、それぞれの個性的なキャラが重要な役割を果たしていく。

 仕事優先で切れ者の中原の忙しさのあまりに、島子は不満が爆発寸前。本当は妻思いの優しい夫だが、つい仕事にかまけてしまう。上原謙が勤めているのは丸ビルにある鋳造会社。部下の須鼻さん(長浜藤夫)が、あまりにも勤務態度が悪いので伊野君(伊豆肇)をクビにしてしまったことから騒動が巻き起こる。

 伊野くんのアパートの上の階に住んでいるチョコレートショップの店員・カナ子さんは、伊野くんと結婚すれば、部屋代が助かるという合理的な理由で、伊野くんの尻を叩いて小説家にしようと目論んでいる。ところが伊野くんが会社をクビになったので、上司である中原さんに直談判に行くが、相手にされないので、ならばと田園調布の中原邸に乗り込んで、鳥子を説得。一緒に会社へ行くことに。杉葉子の初登場シーンがいい。すらっとした長身の美人がいきなり、早口で捲し立てる。『青い山脈』で、藤本真澄のお気に入りとなり、石坂洋次郎映画をはじめ、東宝映画で活躍していたトップ女優。キリリとした表情、カメラ目線でハイテンションの芝居が実に魅力的。

杉葉子

 ハワード・ホークス映画のキャサリン・ヘップバーンのような杉葉子。戦前からのお嬢さん女優でおっとりタイプの山根寿子。戦後派の木匠久美子。それぞれのキャラクターの描き分けも見事で、速射砲のようにポンポンとセリフが飛び出す。物語はシンプルで、結婚七年目の記念日に、中原さんが鳥子を新婚旅行の想い出の地、熱海への一泊旅行をプレゼント。久しぶりに甘い時を過ごそうとした瞬間、社長からの呼び出しがあり東京へ。しかも大社長のための出張資料を翌朝まで用意しなければならず、自宅へカナ子を呼んで徹夜の作業。しかし、それが誤解を読んで、怒り心頭の鳥子は離婚を考えてしまう。中原さんも、家に虜がいないので寂しいので、カナ子を毎晩、食事や映画、帝劇へ誘う。

山根寿子、杉葉子

 この夫婦のクライシスに、登場人物それぞれの立場で好き勝手な言動、行動をして事態がますますややこしくなる。おかしいのは中原さんとカナ子が観る映画。藤本真澄製作による前作、成瀬巳喜男の『めし』(1951年・東宝)のクライマックス。上原謙が大阪から、東京の実家に帰ってしまった原節子を迎えにくるシーン。画面を見て、中原さんが「これなんていう役者?」「上原謙です」とカナ子。杉葉子も『めし』に原節子の妹役で出演しているので、封切り当時、映画館はどっと沸いただろう。

 そして帝劇で「越路吹雪」のリサイタルにも出かける。ステージでコーちゃんが歌うのは、コール・ポーターの「ビギン・ザ・ビギン」。フルコーラス、たっぷり楽しめる。この時、楽屋を、近所の遠山夫人(南美子)に誘われて鳥子と鯛子も訪ねるシーンがある。ここから時代はさらにややこしくなって・・・最後にどうなるか?のサスペンス、微苦笑が爆笑になってのクライマックスとなる。

 とにかくスピーディで、目まぐるしく、それゆえに観ているこちらもハイテンションになる傑作だが、市川崑監督は「テンポのある映画を日本映画でやるのは並大抵のことではないと痛感させられた」(『完本 市川崑の映画たち』2015年11月、市川崑・森遊机、洋泉社)で語っている。

 このスクリュー・ボール・コメディの傑作が、2025年1月22日、東宝から初DVD化される。日本語字幕付きなので、字幕を出しながら鑑賞すると、井手俊郎、和田夏十、市川崑によるシナリオのセリフの濃密さを堪能できる。




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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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