『社長学ABC』(1970年・東宝・松林宗恵)
「社長シリーズ」第32作!
昭和45(1970)年1月15日、正月第二弾として植木等&谷啓の時代劇『クレージーの殴り込み清水港』(坪島孝)と二本立て公開された「社長シリーズ」第32作。この年、3月から9月にかけて「人類の進歩と調和」をテーマに、大阪千里丘で「日本万国博覧会」が開催。その期待で日本中が沸き立っていた。
ボウリングがブームの兆しをみせ、レジャーは多様化。1960年代末の「昭和元禄」の狂騒から、来るべき1970年代はビューティフルな時代になると、人々は期待を抱いていた。しかし、レジャーの多様化にともない、映画の斜陽化に歯止めがかからなくなっていた。この年の各社の正月第二弾は次の通り。
大映は勝新太郎と三船敏郎『座頭市と用心棒』(岡本喜八)と江波杏子『女組長』(マキノ雅弘)、日活は村田英雄・里見浩太郎・北島三郎『関東義兄弟』(内川清一郎)、松竹は渥美清の第3作『男はつらいよ フーテンの寅』(森崎東)と『美空ひばり・森進一の花と涙と炎』(井上梅次)と、オールスターによる名匠の作品が並んでる。かなり豪華なラインナップであるが、作品そのものの力は映画黄金時代を超えることができなかった。
そうしたなか、昭和31(1956)年の正月映画『へそくり社長』(千葉泰樹)から14年間、東宝映画のドル箱シリーズとして連作してきた、森繁久彌の「社長シリーズ」がいよいよ大団円、最終二部作『社長学ABC』が製作された。
全作を手掛けてきた笠原良三のシナリオは、森繁から小林桂樹への「社長交代」を軸に、加東大介、藤岡琢也の管理職から関口宏の若手たちへの「攻守交代」を、いつもの明るい笑のなかで描いていく。また『社長外遊記』(1963年)のハワイ以来、久々の海外ロケーションを敢行、後半は台湾を舞台にゴージャスに展開されていく。
『社長三代記』(1958年)からシリーズのメイン監督となった松林宗恵の演出も快調で、「社長宅の朝の光景」「朝の会議」「浮気の寸止め」などのルーティーンも健在。昭和30年代後半ほどの予算はかけることが出来ていないが、レギュラー陣の芝居もこころなしか弾けている。
総合食品メーカー「大日食品」社長・網野参太郎(森繁)は、その手腕を買われて、親会社・大日物産社長・郷司敬之助(東野英治郎)から、グループの総帥・大社長のポストを与えられることとなった。
そこで、網野社長は自分の後釜に、社長秘書時代から右腕として働いてきた専務・丹波久(小林桂樹)を指名。網野夫人・厚子(久慈あさみ)も、丹波夫人・登代子(司葉子)も大喜び。網野は行きつけの小料理に、丹波を連れていって、女将・細川庄子(池内淳子)を商会したり、時岡マヤ(草笛光子)のナイトクラブでの課外活動を指南したりと、英才教育を行う。それまで堅物だった丹波新社長は、マヤの店につとめていた木内真沙枝(団令子)が新宿二丁目に開業したバーに通い詰め、浮気の虫が騒ぎ出す。
ところが大社長就任直前になり、大日物産の株主総会で郷司大社長の留任が決定。仕方なく、網野は大日食品会長として、丹波新社長と社長室で同席することに。
新社長体制になって、積極策をとる丹波社長にとって、毎日、やることがなく、漫画を読んだり、水虫の薬を塗ったりと、暇を持て余している網野会長は、邪魔で仕方がない。いつもの横柄な小林桂樹のおかしさと、久々にショボくれた森繁の対比がおかしい。
そんな網野が張り切るのが、C調な営業課長・猿渡平一(藤岡琢也)が付き合っている台湾のバイヤー・汪滄海(小沢昭一)が持ち込んだ合弁プロジェクトの話。それをまとめようと、網野会長は社長秘書・井関英男(関口宏)を連れて、台湾へ飛ぶ。
『社長繁盛記』(1968年)以来の怪しげなバイヤーを嬉々として演じる小沢昭一がおかしい。片言の日本語で銀座のバーでホステスに「寝スルか?」とアプローチするお盛んぶり。網野会長が台湾に到着すると、なぜか小料理屋の女将・庄子がいる。聞けば、汪滄海に誘われて台湾旅行中とのこと。大いにクサる網野会長だが、汪滄海もまた恐妻家で、庄子を網野夫人に仕立て上げて、汪夫人(陳恵珠)の目をごまかそうとする。
出張先で、浮気相手を取引先社長の奥さんに仕立てるのは、源氏鶏太のユーモア小説「三等重役」にあったエピソード。『続三等重役』(1952年・鈴木英夫)では、藤山さん(進藤英太郎)がおこま(藤間紫)を連れて東京へ浮気旅行。ところが藤山夫人・京子(岡村文子)
が夫の浮気を疑って、東京へ。そこで、藤山は桑原社長(河村黎吉)に頭を下げて、おこまを桑原夫人に仕立てる。でも、嫉妬深い藤山は、深夜、桑原とおこまの部屋にやってきて・・・
このシチュエーションをそのまま『社長学ABC』で再現。『続三等重役』では森繁は浦島課長役で、社長の出張に随行していた。つまり、今回の関口宏の井関英男の役どころ。
笠原良三のシナリオには、この「懐かしのシチュエーション」を巧みに流用して、台湾の夜を盛り上げ、森繁社長の「老いてもなお盛ん」の現役ぶりをアピール。云うなれば「伝統の味わい」がここになる。
シリーズ当初、小林桂樹は母ひとり、子ひとりの二人暮らしだった。全作で母親役を演じているのは、戦前から東宝映画の「母」役を演じてきた英百合子。そして『社長紳士録』(1964年)で司葉子と結婚。同居となり『社長紳士録』(1965年)で赤ちゃん誕生。そして前作『社長えんま帖』(1969年)からは、小林桂樹の妹・内藤洋子が同居する賑やかな家族となった。
今回も、妻・登代子(司葉子)、妹で井関秘書の恋人・未知子(内藤洋子)、娘・隆子(伊藤ひでみ)、母・あぐり(英百合子)たちの食卓が描かれている。未知子は大日食品の研究所員で大豆から作る「代用肉」の試作品を研究。定期的に本社で試食会を行っている。その試食に駆り出されるのは、井関秘書の後輩となる若手社員たち。新入社員・三浦(東山敬司)、花井(大矢茂)、そしてもう一人の新入社員(大沢健三郎)の三人が現代青年として、作品の若返りに貢献。
東山敬司は、前年から東宝が、加山雄三、黒沢年男に次ぐ「期待の新人」として、『恋にめざめる頃』『俺たちの荒野』(1969年)で酒井和歌子の相手役をつとめ、テレビ「炎の青春」(同年)では、熱血教師・猪木剛太郎役を演じていた。大矢茂は、加山雄三のバンド「ザ・ランチャーズ」のメンバーで、『リオの若大将』(1968年)に出演、この年の夏『俺の空だぜ!若大将』(1970年)からは二代目・若大将を襲名することに。
そしてもう一人、大沢健三郎は、名子役として、成瀬巳喜男『秋立ちぬ』(1960年)など、昭和30年代東宝映画に数多く出演。『社長三代記』では加東大介の息子役、『サラリーマン清水港』(1962年)では冒頭、「スーダラ節」を歌う新聞配達の役で出演。「青春学園シリーズ」の映画版では優等生役を演じていた。子役からフレッシュマン役へ、シリーズに流れた月日を感じさせる。