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『大江戸評判記 美男の顔役』(1962年1月14日・東映・沢島忠)


 沢島忠のリズミカルな演出が楽しい時代劇コメディの快作『大江戸評判記 美男の顔役』(1962年1月14日・東映)をU-NEXTで、スクリーン投影。大川橋蔵の男伊達、里見浩太朗のイキの良い若者、山形勲の老獪なあ兄貴分の義侠心溢れる悪党たちに、前年にスタートしたNHK「夢であいましょう」「若い季節」で大人気の渥美清が加わっての騒動記。というわけで設定は、江戸で名高い河内山宗俊(山形勲)と御家人くずれの美丈夫・金子市之丞(大川橋蔵)、つっころばしの遊び人・暗闇の丑松(渥美清)、そして浪人くずれの片岡直次郎(里見浩太朗)たちの胸のすく活躍を描いている。

 美空ひばりのミュージカル時代劇など、モダンでポップな演出が楽しい沢島忠らしく、とにかくオフビート。特に渥美清のフィーチャーが見事で、トップシーンからおよそ10分ぐらいは、渥美清の独壇場。大川橋蔵が出てくるまで映画を温めてくれるのがいい。インチキ師、テキ屋の(堺駿二)が、油を張った箱に小判を入れて、五文で取り放題。その代わり箸を使ってという条件なので、油で滑って小判は取れるわけもない。そこで暗闇の丑松、インチキ野郎にギャフンと言わせようと、兄貴から借りてきた南蛮渡来の磁石を使って、小判をさらえてしまう。この辺り、渥美清の勢いのある芝居が最高。きつくゼンマイを巻いたオモチャのような動き。ベテラン喜劇人・堺駿二の胸を借りて、というか出し抜いてやろう、みたいな虎視眈々のエネルギー。

 しかしヤクザ連中がやってきて、丑松はボコボコにされる。しかし、自分は江戸のフィクサー的な大名・中野碩翁(月形龍之介)の身内だの一言で、ヤクザたちは引き下がる。この一連の渥美清は本当に素晴らしい。このシーンに登場するヤクザの親分が吉田義夫。つまり、のちの「男はつらいよ」シリーズでの、寅さんと旅役者の座長・坂東鶴八郎コンビのツーショット!

吉田義夫、渥美清

 さて、下谷の練塀小路のあばら屋を根城にしている、河内山宗俊(山形勲)は、老獪なワルで、今日も阿部伊勢守(阿部九州男)の使いで、値打ちのある骨董品を譲り受けにきている竹内金次郎(田中春男)に、ガラクタの尿瓶を「夜の雨」という平安時代の逸品と五十両で売りつけてしまう。その河内山宗俊邸の離れに仮寓している御家人くずれの金子市之丞(大川橋蔵)はとにかく色男で女の子にモテモテ、で、今日も小唄の師匠・勘美津(花園ひろみ)と共謀して、中野碩翁の家臣・村山源之進(加賀邦男)を美人局で騙して小遣い稼ぎ。

 大川橋蔵の美丈夫ぶりを逆手にとって、めっぽう頭が切れる小悪党にしているのがいい。しかも根っからのワルではなく、人情家で涙もろいという設定もいい。そんな市之丞を慕っているのが、前述の小唄の師匠、碩翁の贔屓の芸者・小春(千原しのぶ)、なんと北辰一刀流の千葉周作の娘・琴江(桜町弘子)まで! この琴江が、市之丞に騙されているのではないかと監視にやってくる兄・千葉栄次郎(山城新伍)がおかしい。千葉周作の息子だけあって剣の達人なのだけど、どこか抜けているようでもある。

 そうした中で、江戸の侠客に憧れて河内から出てきた直次郎が、1962年型の現代の若者という感じで、里見浩太朗がどこまでも軽く、危なっかしく演じている。「こりゃシャクだった」とクレイジーキャッツの流行語まで言い放つのがおかしい。ちょうどこの映画が封切られた1962年1月、巷には植木等、クレイジーキャッツの「スーダラ節」、12月にリリースされたばかりの「ドント節」「五万節」を人々が口ずさんでいた。空前のクレイジー・ブームが到来し始めていた頃。


 小国英雄の脚本は、大川橋蔵、里見浩太朗、渥美清、山形勲のキャラクターを見事に描き分け、それぞれのエピソードで印象付けておいて、中盤からの「作戦もの」に展開していく。つまり、のちの東宝での「クレージー作戦もの」の作り方なのである。しかも、沢島忠の演出のテンポが快調で、山本嘉次郎が『花のお江戸の無責任』(1963年・東宝)で試みた「クレージー時代劇」の理想を、いち早く実現している。というか、これが東映時代劇コメディのアベレージなのだけど。ともあれ、完成度の高い「クレージー映画」みたいで本当に楽しい。

 物語は、直次郎の母・おもん(浪花千栄子)が、息子の江戸での出世ぶりを見に、上京してくることになり、なんとか母親を安心させたいというところから急展開。ホラ吹きの傾向がある直次郎は、あろうことか「御目付衆」に出世したと大ボラを吹いてしまったから、さあ大変。市之丞は、おっかさん孝行のためならと、人肌脱ぐことに。しかし下谷の練塀小路では格好がつかない。ならばと、丑松が奉公していた碩翁の今戸の寮が空き家のまま、ということで、尿瓶を「夜の雨」で売りつけた五十両を元手に、宗俊、市之丞、丑松たちが直次郎の家臣となり、母・おもんのために一芝居打つことに。

 もちろん、これはフランク・キャプラの『一日だけの淑女』やそのリメイク『ポケット一杯の幸福』からのインスパイア。ニューヨークのギャングたちが、貧しいりんご売りのお婆さんの娘が訪ねてくるというので、彼女のために人肌脱ぐ。というディモン・ラニヨンのハートウォーミングなストーリーを、そのまま展開していく。

 ここからがこの映画が「クレージー作戦」(笑)たる所以の展開となる。河内からやってきた母を、いかにもという感じで演じる浪花千栄子がとにかく良い。腰元連中には、前述の市之丞を慕う女の子たち、なんと北辰一刀流の千葉栄次郎まで家臣役を買って出る。ここまで良かったのだが、なんと、無人のはずの今戸の寮にこうこうと明かりがついて、大宴会をしている、これはおかしいと、中野碩翁(月形龍之介)と家臣たちがやってきてしまう。

 で、ここからは大川橋蔵と月形龍之介の「腹芸」がたっぷり楽しめる。市之丞の完璧な振る舞いに関心した碩翁は、「この屋敷の差配は、しばらくそちに任せる。が、店賃は高いぞ!」の言葉を残して引き下がる。

 江戸のフィクサーに、大きな借りを作ってしまった宗俊、市之丞、丑松、直次郎。果たしてどう出るか? クライマックスのチャンバラに向かう物語のベクトル、展開のテンションが実に素晴らしい。ラストは適度にウエットで、大川橋蔵と浪花千栄子の芝居場が観客の感情を一気に高めてくれる。

 というわけで、喜劇映画としてもオールスター時代劇としても、渥美清のフィルムキャリアとしても重要な快作!であります。

 

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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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