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あの唄声!あの燃ゆる眼差し!あの熱い唇!愛欲の世界を強烈なタッチで描く日活異色問題作!!

製作=日活/東京地区封切 1956.12.19/10巻 2,823m 103分/モノクロ/スタンダード/併映:妻恋峠

 前作『地底の歌』(12月12日公開)から一週間後の 昭和31(1956)年12月19日に公開された『月蝕』は、後に石原裕次郎をスターダムにのし揚げる牽引の役割を果たした、井上梅次監督作品。井上は、慶応義塾大学経済学部卒業後の昭和22(1947)年新東宝に入社。単なる職業助監督ではなく、シナリオも書ける演出家を目指して、助監督仲間とシナリオ同人活動もしていた。その時の後輩にあたるのが、後に裕次郎映画を最多の25作品を撮ることになる舛田利雄。入社後わずか五年で『恋の応援団長』(1952年新東宝)で監督デビューをした井上が、再開日活に移籍したすぐ後、井上組の助監督をしていた舛田も日活に入社している。

 移籍後の井上監督は、フランキー堺主演のコメディ『猿飛佐助』(1955年)、浅丘ルリ子を見いだした日活初のカラー作品『緑はるかに』(同)、オー・ヘンリーの短編を思わせる『三つの顔』(同)、江利チエミ主演のミュージカル『裏町のお転婆娘』(1956年)、そして江戸川乱歩のミステリー『死の十字路』(1956年)と、そのジャンルも多岐に渡り、娯楽映画のエースとして大活躍をしていた。

 また、舛田利雄が井上梅次作品のチーフ助監督として、プログラムピクチャーを支えていたのが、ちょうどこの頃だった。『月蝕』は、石原裕次郎と井上梅次監督の初めての顔合わせということでも記念碑的な作品であるが、実は、この映画の前に、井上に裕次郎を撮らせようと、水の江滝子プロデューサーが画策したことがある。

 井上の『火の鳥』(6月4日)で、ヒロインの月丘夢路の相手を務める若手の俳優を探していたときのこと。水の江は、裕次郎を井上に「発見」させようと、チーフの舛田に相談。監督と舛田が打ち合わせをしているとき、窓の下を偶然裕次郎が歩いてきて、それを井上に見つけてもらおうと算段。しかし、舛田が「あれはどうです?」と歩いて来た裕次郎について持ちかけると、井上は言下に「ダメだ!あんな柄の悪いの」と却下したという。

 それから半年、ようやく裕次郎が井上作品に出演したのが『月蝕』だった。『月蝕』は、『太陽の季節』『狂った果実』で、太陽族映画ブームの台風の目となった青年作家・石原慎太郎の原作。水の江滝子のプロデュース、そして井上梅次監督という、当時の日活としては、最高の布陣で作られた、男と女をめぐるミステリアスなドラマ。井上とともにシナリオをチーフ助監督の舛田利雄が手がけている。

 どこか日本映画離れしたテイストこそ、井上梅次が目指したモダンな世界でもある。ナイトクラブのバンドマスター、ジャーナリスト、若きボクサー、成熟した大人の興行師・・・。謎めいたヒロインをめぐる、男たちの欲望と嫉妬。そして男性遍歴を重ねる奔放なヒロインにまつわる哀しい過去。ハリウッドの美女、リタ・ヘイワースが主演した『ギルダ』(1946年・チャールズ・ヴィダー)などのような「運命の女」を描いた大人の物語。

 “運命の女=ファムファタール”的なヒロイン・池上綾子に、後に井上夫人となる月丘夢路。彼女の魔性の奥にある孤独を、自身の過去のトラウマと重ね合わせる主人公のバンドマスター・田所和馬に、日活のトップスター、三橋達也。そして裕次郎は、その綾子に夢中の若きボクサー・松木を演じている。脇役ながら、裕次郎の若い肉体がスクリーンいっぱいにはじける。

 『太陽の季節』でボクシング部の学生としてスクリーンデビューをした裕次郎は、この後、井上監督の『勝利者』(1957年)でも若きボクサーを演じ、蔵原惟繕の『俺は待ってるぜ』(1957年)ではかつてボクサーだった男の屈託を演じていくことになる。

 そして、綾子をめぐる男たちの様々なドラマが展開していく。フィリピンに強制送還されてしまうバンマス・レオ(岡田真澄)、ブラック・ジャーナリストの武井(金子信雄)、そして松木のスポンサーで闇社会に通じている興行師の高崎(安部徹)、それぞれが綾子のヴァンプな魅力に翻弄されていく様は、まさしく日本映画ばなれしたムードにあふれている。

 映画の構成もハリウッド的で、ナイトクラブ“バリハイ”で、綾子が射殺されているところから始まり、物語は和馬の回想で展開していく。“バリハイ”の外景は、横浜にあったナイトクラブ“ブルースカイ”で撮影されている。『狂った果実』はじめ、日活映画ではおなじみのスポットで、裕次郎たちが撮影後に足しげく通ったという店である。もちろん、内装は日活撮影所のセットだが、これを観ていると当時のナイトクラブ文化がわかる。数多くの日活映画をささえた美術の松山崇のセットもみどころのひとつ。

 また、天本英世や桐野洋雄といった、後に東宝映画で活躍するバイプレイヤーがバンドマンとして出演している。

 この映画に登場する、ナイトクラブと大人の世界のイメージは、やがて日活アクションにおける、悪の巣窟としてのナイトクラブやキャバレーへと発展してくことになる。この『月蝕』は、井上梅次監督らしいケレン味、少し背伸びをしたハリウッド映画的世界、そして日活アクションのモチーフとなる主人公の過去の屈託・・・ この時期の日活映画の水準の高さを感じさせてくれる一本。


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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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