『新三等重役』(1959年・筧正典)
昭和30年代、東宝ではサラリーマン映画が花ざかり。森繁久彌の「社長シリーズ」、小林桂樹の「サラリーマン出世太閤記」シリーズなど、次々とサラリーマン映画が作られた。そのルーツは昭和26(1951)年の『ホープさん サラリーマン虎の巻』、そして翌年の『三等重役』(1952年)である。その原作を手掛けたのが源氏鶏太。「浮気の旅」「随行さん(『社長道中記』の原作)」「目録さん」「木石にあらず」で直木賞候補となり、「英語屋さん」で昭和26年の第25回直木賞を受賞。サラリーマン小説の雄として、東宝を中心に次々と映画化された。
「社長シリーズ」が作られていた昭和33(1958)年、源氏鶏太が「サンデー毎日」に連載した読み切り連作小説「新・三等重役」を映画化。森繁久彌、小林桂樹、加東大介の「社長シリーズ」メンバーに、新珠三千代、草笛光子らシリーズでおなじみの俳優陣が出演。それゆえ「社長シリーズ」にカウントされていたこともあるが、ここでの森繁さんは専務である。なので「社長」「サラリーマン」「専務」と、それぞれの役職のシリーズが作られていたことになる。
さて映画『新・三等重役』は、昭和34(1959)年8月9日、三船敏郎さんの『戦国群盗伝』(杉江敏男)の併映として公開された。舞台は大阪にある「世界電気工業株式会社」。アアバンタイトルは、同社のテレビコマーシャル。なんと林家三平さんが登場!
♪家中みんなで 笑いが止まらない すんなりスラスラ 電気掃除機〜
セリフ「本当にね、ホウキより効果的ですわ、電気掃除機の方が。亭主が酔っぱらって帰ってきたときに頭殴るのは」
と、三平師匠、歌って踊って、大サービス。民放テレビ時代が幕開けして、時代の寵児となった頃である。これが、電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビときて・・・
「まあ山田さん家は、全部電気製品(せいしん)っすね」
「うちはもう、全部電化生活なんすよ。女房までデンカでね」
「ほう、なんの電化です?」
「カカア天下ってね。私はオットメイション(夫、目ション)ですよ」
で、オチ。そのままC Mソングのメロディーが映画のテーマ曲となってタイトルバック。世界電機の生産ラインが晴れがましく描かれて、馬渡誠一の音楽が快調に流れる。まさに、高度経済成長時代に、邁進していく。そんな時代の息吹が感じられる。
さて、森繁さんの沢村四郎専務は、次期社長候補の有能な重役だが、ずっと独身。その秘書で社内随一のオールドミス・箱田章子(新珠三千代)。彼女は、仕事での沢村専務の完璧な秘書で、清濁併せ吞むことも知っている。「社長シリーズ」では、この後、芸者やクラブのマダム役で最終作まで出演するが、B G(ビジネス・ガール)の役は、珍しく、とても新鮮である。
箱田女史は、また社内の女子社員が受けた、今でいう「モラハラ」「セクハラ」被害の相談も受けて、コンプライアンスの観点だけでなく、人としてそれをどう受け止めて、解決するためのアドバイスを的確にしている。当時の男性社会では、とても新しく感じられ、新珠三千代さんのキビキビしたクール・ビューティぶりは、かっこいい。同時に彼女は、まるで沢村専務の奥さんのように、ビジネス上で「内助の功」を発揮する。
そして小林桂樹さんは、営業部社員・八代波吉。沢村専務とは同じ独身同士ということもあり、ビジネス上でも強い絆で結ばれている。「社長シリーズ」のイメージのままで、二人の芝居もほとんど変わらない。で、そこに世界電機と最大の取引がある卸問屋「鬼塚商会」社長・鬼塚熊平(加東大介)の娘・舞子(雪村いづみ)が「社会見学」のために入社してくる。その口を利いたのが、世界電機創業者・宮口五平(先代・三等重役の肖像画は河村黎吉さん!)の妻で大株主・鶴子(浪花千栄子)。会社に絶対的な発言権を持っている口うるさい「ばあさん」として、沢村専務は大の苦手にしている。
「社長シリーズ」が、男性社会の「信頼関係」がテーマとするなら、『新・三等重役』四部作は、男性社会と女性たちの「対立と融和」がテーマ。テイストは似ているが、男性陣と女性陣の「拮抗」が物語を動かしていく。ただし、脚本が沢村勉さんなので、普通のサラリーマン映画としての構成で、原作ほどは明確ではない。
箱田章子と沢村専務は、今なら不倫関係と言ってもおかしくはないほど相思相愛。ただ恋愛に発展しないのは、二人とも、それぞれの立場から「会社運営を円滑にしたい」という目的があるから。章子は、卑劣なセクハラ男から女子社員を守らねばならないし、沢村専務は、大株主の鶴子の気まぐれや社内の政敵から、会社を守らねばならない。なぜなら、沢村を営業部長から専務に昇格させた坂口社長は渡米中で不在だからである(原作の設定)。
なので「社長シリーズ」のように、ビジネスが成立して大成功。というわけではなく、この第一作でいうと、好色家の鬼塚社長(加東大介)の浮気旅行を、八代と沢村専務がサポートしたために、鬼塚夫人・麻子(坪内美詠子)の逆鱗に触れてしまい、年間一億の家電品の扱いを止めるということになる。
それでは会社の一大事と言うことで、八代は「自分の独断」ということにして「会社には迷惑かけない」と、東京の鬼塚宅の前に座り込み、奥さんが「取引停止」を撤回するまで、ハンストを強行する。とまぁ、あくまでも「男性対女性」の図式なのである。
夜の世界では、草笛光子さんが料亭の女将で、沢村専務の馴染み。芸者・チコを演じているのがラテンシンガーの高見淑子さんが、劇中「世界電機」のコマーシャルソングを、林家三平師匠に続いて歌うシーンがある。彼女は森繁さん製作の『地の涯に生きるもの』(1960年)にも出演している。
このシリーズは『旅と女と酒の巻』(1960年・筧正典)、『当るも八卦の巻』(1960年・杉江敏男)、『亭主教育の巻』(1960年・杉江敏男)と連作されてゆく。