見出し画像

『ひとりぼっちの二人だが』(1962年・舛田利雄)

 『上を向いて歩こう』(1962年3月4日封切)を完成させた舛田利雄監督は、続いて石原裕次郎主演の『零戦黒雲一家』(同8月12日)を手がけた。メインは裕次郎であるが、若きパイロットに浜田光夫を起用。その理由は“『上を向いて歩こう』の浜田が気に入ったから”だった。ギャグ監修に永六輔を起用。骨太の男性活劇を得意とした舛田だったが、続いて手がけることとなったのが、再び、坂本九、浜田光夫、吉永小百合、高橋英樹、渡辺トモコら『上を向いて歩こう』のキャストを集結させた姉妹篇『ひとりぼっちの二人だが』(1962年11月3日)だった。

 主題歌は、永六輔作詞、中村八大作曲、坂本九歌による「一人ぼっちの二人」(12月)。『上を向いて歩こう』のラストに、吉永小百合が「ひとりぼっちだから、愛し合うのよ!」と言い放つ名台詞に通じる。今回の舞台は、東京の下町・浅草。柳橋の芸者置屋で育った孤児の田島ユキ(吉永小百合)が、水揚げ寸前に浅草に逃げ出す。そこで再会したのは、今はチンピラとなった小学校の同級生・杉山三郎(浜田光夫)。

 三郎の兄貴分・内海(小池朝雄)は、ユキを匿うことで親分への忠義を果たそうとする。冒頭、隅田川を航行する水上バスで、浜離宮にある隠れ家にユキを連れて行こうと、三郎、ぽっぽ(武藤章生)、ちょうちん(杉山俊夫)らが浅草松屋前、隅田公園を通って、吾妻橋の水上バス乗り場まで向かうが、そこにも追手が迫る。どうしても浅草を抜け出せないのだ。その徹底ぶりが、この映画の魅力の一つである。その水上バスの操舵をしているのが、ユキの生き別れになった兄・田島英二(高橋英樹)で、彼はボクシングのチャンピオンを目指している。

 追手から逃れて、隅田公園から、二天門、浅草寺境内、伝法院通り、そして浅草六区の劇場街へとひたすら走る、ユキとチンピラたち。三郎が紛れ込んだストリップ劇場で、二人は小学校の同級生で喜劇役者志望の浅草九太(坂本九)に、彼女を託す。かつて仲良しだった三人が、それぞれの屈託を抱えながら、ユキの逃亡を通して再会を果たす。

 『ひとりぼっちの二人だが』の脚本は、後の名匠・熊井啓と、舛田組のチーフ助監督でやはり日活アクションを支えることになる江崎実生。舛田監督は、本作を手がける際に「坂本九の魅力を引き出すには、コメディアン役が一番」と、芸人・坂本九をフィーチャーしようと、浅草九太のキャラを造ったという。九ちゃんのイメージそのままというのが、ファンには嬉しくもある。舛田監督も江崎助監督も、浅草喜劇が大好きだったと、それぞれ伺ったことがあるが、本作ではその趣味が最大限に活かされて、浅草芸人映画としても楽しめる。

 一方、浜田光夫は、『太陽は狂ってる』(61年)以来の舛田組でのチンピラ役を、やはりイキイキと演じ、意気がっているが実はナイーブで孤独な若者という、いつもながらの役を好演。初音小路で学生たちと喧嘩して、英二に助けられ煮込み横丁を駆け抜けるシーンなどは、チンピラのやり場のないエネルギーに溢れている。

 ストリップ小屋で、小道具や衣装を直しながら夜を過ごす、九太のユキへの淡い恋心。ストレートに感情をぶつけることができない九太。小道具の人形で九太と歌うシーンがやがて、ファンタジックなミュージカルとなる。そのリリカルさ。九太のユキへの想いが伝わる。

 そうした若者たちの細やかな感情描写に比して、ユキを利用しようとする内海と武田(内田良平)の対立、親分・吉野(松本染升)たち、ダーティな大人の思惑と、ヤクザたちの容赦のなさ、決して甘くはない現実に翻弄される若者たち。九太も、ユキも、そして三郎も身寄りのないひとりぼっちである。そして同じ浅草にいながら、お互いの所在をまだ知らない、ユキとその兄の英二もである。

 九太とユキが隠れる、国際劇場の裏にある古ぼけたクリーニング屋が入っているビルのアールデコのモダンな作りは、おそらく震災後に建てられたもの。そこでユキを見つけた三郎に「あたしはどうなってもいいの?」と問うユキ。「人の事なんか構ってられるか」と腕づくで連れ去ろうとする。変わってしまった幼なじみに、九太の怒りが爆発する。二人は取っ組み合う。金もない、身寄りもない若者たち。九太の「オレたちはみんな一緒なんだよ!」という台詞が胸に迫る。この屋上のシーンは、本作のハイライトでもある。

 夕焼けのダルマ船の上で、九太とユキが、子供の頃を思い出す。九太は「もうオレたちは子どもじゃないんだ。空や、川や、船や、他のものはみんな一緒だけどオレたちだけは変わっちまったんだ」と淋しそうに言う。そこで主題歌「一人ぼっちの二人」を九太が歌い出す。

 ユキと九太との友情を守るために、吉野組に囚われリンチを受ける三郎。幹部の武田に「この野郎、スケに惚れやがったな」と罵られた三郎、ニヤリと笑う表情が実に良い。浜田光夫のうまさが光る名場面である。 

ユキをめぐる騒動は、ついに英二のボクシング試合の八百長強要へと発展する。

 やがてクライマックス、夜の花やしきの対決描写。ギリギリまで主人公たちを追いつめる、舛田演出が冴えわたる。

 「みんな一人ぼっちじゃねぇか。胸ん中、空っ風が吹いてやがるぜ。オレはたまんなくなって、スケに惚れちまった。もうオレは違うぜ。生きてるぜ。血が通って来たぜ。泣くのも、笑うのも、死ぬのも。誰だって、一人じゃ生きていけねぇぜ」

 三郎の長台詞に込められたメッセージは、ストレートに観客の胸に迫る。九太の歌う「一人ぼっちの二人」のカタルシス、まさしく日活青春映画の佳作である。

日活公式サイト

web京都電視電影公司「華麗なる日活映画の世界」


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。