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『虹立つ丘』(1938年11月3日・東宝映画東京・大谷俊夫)

 岸井明さんと高峰秀子さんの「あにいもうと」のハートウォーミング・ドラマ『虹立つ丘』(1938年11月3日・東宝映画東京・大谷俊夫)は、53分の小品ながら大谷俊夫監督の手堅い演出による丁寧な作品。北條秀司さんと岸井良緒さんの原作を阪田英一さんが脚色。東京からほど近いリゾート地、箱根登山鉄道の強羅駅にほど近い、高級ホテル「強羅ホテル」で全面ロケーション。ほとんどのシーンをロケーションで撮影。昭和13(1938)年のまだ、おっとりとした空気のなかで、ひと夏の「運命の物語」が展開される。岸井明さんの恋人には、レコード「ほんとに困りもの」でもデュエットをしている神田千鶴子さん。岸井さんとはP.C.L.第2作『純情の都』(1933年・木村荘十二)以来、5年間、数々の共演作が作られた。

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 高峰秀子さんは、昭和4(1929)年、松竹蒲田撮影所『母』(野村芳亭)で子役デビュー。数々の作品に出演、押しも押されぬスターとなっていた。昭和12(1937)年、P. C .L.企画課の藤本真澄さんに引き抜かれて入社。山本嘉次郎監督『良人の貞操』(1937年)で千葉早智子さんの妹役を演じたのが移籍第一作。この年、山本監督『綴方教室』(8月21日)の演技が高く評価され、東宝を代表する少女スターとなっていた。そこで企画されたのが本作。前作の貧しい娘役から一変、兄がポーターを勤める「強羅ホテル」の売店で働く、明るくモダンな少女を演じている。

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 夏休み。「強羅ホテル」のポーター・弥太八(岸井明)と妹・ユリ(高峰秀子)は大の仲良しの兄妹。弥太八は、宿泊客の子供からも「デブっちょ」と親しみをこめて呼ばれる人気者。明るい妹・ユリは売店で働いている。二人の住まいはホテルのすぐ近くにある。両親はすでになく、弥太八はユリを大切に育ててきた。

 病気療養で逗留中の早川夫人(村瀬幸子)は、そんなユリが大好きで、支配人(榊田敬治)に頼んで、湖水地方への遠出にユリを同伴させるほどだった。弥太八には、温泉街の遊技場に勤める不二子(神田千鶴子)という恋人がいるが、妹を寝つくまでなかなか逢引きできない。すぐに寝てしまい、不二子は待ちぼうけを食わされたり。ちなみに不二子の遊技場のには明治製菓の商品名を書いた垂れ幕がかかっている。もちろんタイアップ。

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 岸井明さんが、高峰秀子さんにせがまれて、寝る前に歌を歌う。オードウェイの「旅愁」を伸びやかな声で歌うシーンは、歌手・岸井明さんの歌のうまさに惚れ惚れとする。ある夜、神田千鶴子さんと三人で公園へと散歩するシーンで、岸井明さんが「懐しの我が家 Home on the Range」(訳詞・佐伯孝夫)を朗々と歌い、それに続いて神田千鶴子さんと高峰秀子さんも歌う。このナイトシーンも素晴らしい。この年の1月20日にビクターから岸井明さんが「懐しの我が家」をリリースしている。

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 不二子もユリを実の妹のように可愛がっていて、ある日、一緒に山にハイキングに出かける。この山道で、楽しそうにハイキングをしているのが、特別出演の東宝スターたち。「ハイキングの男」に佐伯秀男さん、月田一郎さん、柳谷寛さん、佐山亮さん「ハイキングの女」に宮野照子さん、江波杏子さんのお母さん・江波和子さん、清水美佐子さん。彼らが楽しそうに歩いていると、不二子が「誰か助けてください!」。なんと、ユリが崖から落下してしまったのだ。

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 同じ頃、弥太八は、満州国から大事なお客様が来るというので出迎えの準備をしていた。そこへ不二子からユリの事故の知らせ。弥太八は仕事を放って妹を助けるためにホテルを飛び出す。東宝スターたちの協力で、弥太八はユリの救出に成功する。幸い軽い怪我で済んだが、理由を知らない支配人は、職場放棄を怒り、弥太八をクビにしてしまう。

 しかし、早川夫人が支配人に対して「軽率だ」と叱り、事情を知った支配人により弥太八は復職、接客主任に昇格する。俳優座結成メンバーである村瀬幸子さんの品のある奥様ぶりは、この頃から安定のうまさ。ユリを心配した早川夫人が見舞いに、兄妹の家を訪ねる。プレゼントの人形に大感激するユリ。その時、早川夫人は、部屋にある日本人形をみて驚く。関東大震災の時にはぐれて、それきりの娘・逸子に買ってあげた人形だったのだ・・・

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 ここでユリの運命が急展開する。果たしてユリは夫人と夫・早川氏(御橋公)の願いを聞いて、兄と別れて実の親の元へ行くことができるのか? 「幸せ」をテーマに、たくさんの善意と、いくつもの相手を思いやる心が、感動のクライマックスとなる。この時代の映画は東宝に限らず、撮影所のセットで賄うことが多いのだが、この『虹立つ丘』は、ホテルの客室やロビー、全てが「強羅ホテル」でロケーション。セットは兄妹の家のみ、そういう意味では、昭和13年の箱根の空気を体感することができる。

 ちなみに強羅温泉は、戦後、はるかのち『喜劇 駅前番頭』(1966年・佐伯幸三)の舞台となる。同作で伴淳三郎さんの番頭と娘・大空真由美さんが住んでいた家と、本作での岸井明さんの家は、外景のロケーションは、おそらく同じ場所だろう。坂道と生垣に面影がある。

 トップシーンとラストシーン。箱根登山鉄道でのロケーションも効果的。特に、ラスト、高峰秀子さんの背景が、次々と変わってゆく。山を降りていく、感じがリアルに描写されている。特に箱根湯本近くになると車窓に雨が当たっているのがリアル。

 神田千鶴子さんと岸井明さんのツーショット、数多くのP. C .L.、東宝映画で見てきたが、これまでのセットでの人工的な空気感ではなく、唐沢弘光さん撮影によるロケーションのなかの二人は、とても新鮮に感じる。神田さんと岸井さんは、翌年、『忘れられぬ瞳』(1939年2月11日・渡辺邦男)でも恋愛カップルを演じることになる。

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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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