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『喜劇とんかつ一代』(1963年・川島雄三)

 幻の「喜劇・職人シリーズ」第1作!

 東宝傍系の東京映画は、他社から移籍してきた俳優や監督たちの作品を製作していた。昭和28(1953)年、日活製作再開にともない、松竹や新東宝から大量に俳優やスタッフが移籍。松竹、東宝、大映、東映、新東宝にとって新たなライバルは脅威となった。そこから「俳優・監督の引き抜きを禁止する」紳士協定である五社協定の時代が始まる。

 とはいえ移籍は日常的に行われており、東宝の受け皿が東京映画だった。川島雄三監督は昭和32(1957)年、『幕末太陽傳』を最後に日活退社。東京映画へ移籍して『女であること』(1958)年を皮切りに連作。三橋達也、フランキー堺も、川島の後を追って東宝のスクリーへと移籍した。森繁久彌も一時期、日活映画に出演。淡島千景と淡路恵子は松竹、池内淳子と大空真弓は新東宝からの移籍組。松竹の看板、伴淳三郎も加えると、東京映画のドル箱「駅前シリーズ」は、いわば他社からの俳優たちの競演作品でもあった。

 東京映画をベースにコンスタントに、奇妙な登場人物が織りなす風俗喜劇を手掛けてきた川島雄三が「駅前」を撮ったらどうだろうか? 佐藤一郎と椎野英之プロデューサーが、好調「駅前」と並行して、川島を中心にした新シリーズを企画した。当時の宣伝資料には「駅前」に続く「職人シリーズ」第一弾として大々的に喧伝されている。川島雄三は無類の「とんかつ」好きで、松竹時代、浅草を舞台にした『とんかつ大将』(1952年)を手掛けている。昭和38(1963)年4月10日、東京映画製作、小林桂樹主演『白と黒』(堀川弘通)と二本立て公開された。

 キャストも「駅前」とほぼ同じ。伴淳が出てないだけで、ほぼ「駅前チーム」である。脚本は、『シミキンのオオ!市民諸君』(1948年)などで助監督をつとめ、松竹、日活時代から川島作品を手掛けてきた名伯楽、柳沢類寿。日大芸術学部在学中に、松竹大船撮影所の助監督アルバイトとして、吉村公三郎『女こそ家を守れ』(1939年)についている時に、新入社員の川島雄三と出会ってからの長い付き合いの盟友。このコンビが「駅前チーム」をどう料理しているか?『喜劇とんかつ一代』の楽しさはここにある。

 舞台は「とんかつ」発祥の地、上野本牧町。日本一のとんかつ職人を自認する、「とんQ」の主人・五井久作(森繁久彌)は、老舗のレストラン「青龍軒」の名シェフだったが、コック長・田巻伝次(加東大介)が息子・伸一(フランキー堺)をチーフにしたいと密かに思っていたことを察して「青龍軒」を辞めて「とんQ」を開業。久作の女房・柿江(淡島千景)は伝次の妹で、頑固一徹の兄とは疎遠となっている。

 奇妙な人物が次から次へと登場する賑やかな展開だが、物語の骨子は、森繁と加東大介の対立と融和。「フランス料理VSとんかつ」という図式で、上野界隈を舞台にハイテンションでコメディが展開される。

 「とんQ」のモデルは、劇中でも紹介される、上野松坂屋裏の老舗「蓬莱」。店構えや内装は「蓬莱」を参考にしている。さて、映画は不忍池にある弁天堂での「豚供養」から始まる。強風が吹くなかでの供養に、フランスから食文化の研究に来日したマリウス(岡田真澄)が登場。快調な滑り出しである。海外での「屠殺コンクール」で毎年、好成績を上げている「三河島のおじさん」こと精肉業者・秀山仙太郎(山茶花究)が久しぶりに「とんQ」にやってくる。

 この山茶花究がおかしい。職業柄衛生に気をつけているのだが、その潔癖症が度を越している。アルコールの手拭きを常備して、何かについて手指を消毒。久作が揚げてきたとんかつも、指でふれたものはすぐに捨ててしまうし、お酒を飲むときお猪口にアルコールの手拭きを浸したり。飄々とした好人物だが、ひとたび棒を持つとブッチャーとしての血が目覚め、暴力的になる。豚も人間も見境がなくなる「狂気」を秘めた人物である。

 その仙太郎が溺愛する一人娘・秀山とり子(団令子)は、上野のれん会の事務員で、フランキー堺の伸一と交際している。結婚を前提にしているのではなく、肉体で結ばれたドライな関係。とり子に耽溺している伸一は、かつて父と母を取り合った、赤線経営者から金満家となった衣笠大陸(益田喜頓)の社長秘書をしている。

 とり子と伸一の逢瀬は、湯島の連れ込みホテルだが、そこは大陸の二号・おらん(都家かつ江)が経営していて、伸一の勤め先もホテルの一階にある。「駅前シリーズ」同様「色と欲」の喜劇だが、この作品ではセックスについてはかなり開放的、直裁的である。

 フランキーの溌剌とした動きも楽しい。伝次の逆鱗に触れて庭へ逃げた伸一が、塀を乗り越え、隣にある御堂の屋根の上にポンと飛び乗る。瓦が崩れ落ちるなか、屋根にしがみつくフランキーの身体能力! これぞコメディアンの真骨頂。

 ドタバタということでは、久作の浮気に怒り心頭の柿江の夫婦喧嘩に「三河島のおじさん」が仲裁に入るシーン。森繁、淡島千景、山茶花究が揉み合いながら「とんQ」の店先から、通りを挟んで向いの「下谷見番」の玄関に入り込み、そのまま三人で階段を上がっていく。そこから出てきて、通りの突き当たりの店まで三人が入っていくまでの動き。スラップスティックシーンを淡島千景が演じている数少ない名シーン。

 さらに傑作なのが、本郷のしもた屋でクロレラ食を研究している遠山復二(三木のり平)と妻・琴江(池内淳子)の夫婦。実験用のクロレラ以外は食べないことにしている二人だが、復二は抜け駆けをして、密かに「とんQ」でとんかつを食べようとしたり。

 琴江の母・おくめ(木暮実千代)は、加東大介の伝次の後添え。つまりフランキーの伸一の異父妹である。『とんかつ一代』の登場人物は、みんなどこかで「血縁」だったり「子弟」だったり「恋敵」だったりと、濃密な縁で繋がっている。

 とにかく賑やか、とにかくおかしい。人情話をベースにしながら、ドライな人間関係の狂騒曲が展開される。ドライということでは、大陸が二号との娘・初子(横山道代)を伸一の妻にしようとする。それを容認するとり子。その理由は「絶対的な自信があるから」。セックスの繋がりは政略結婚をも超えてゆく。団令子は実に魅力的。対照的なのは横山道代の素っ頓狂さ。なるほど「半馬鹿」と呼ばれるだけのことはある。

 「駅前」っぽいのが、芸者・りんご(水谷良重・現水谷八重子)に鼻の下を伸ばす久作。それに嫉妬する柿江。個性的なキャラが出たり入ったり。眺めているだけでも楽しい。上野動物園のすぐ側に新築される「青龍軒」新装オープンに向け、様々な問題が噴出し、それが意外な解決をしながらクライマックスを迎える。

 タイトルバックに流れる主題歌「とんかつの唄」は、プロデューサーの佐藤一郎が作詞、森繁の盟友の作曲家・松井八郎が作曲。「とんかつの 油の匂う 接吻をしようよ〜」という不思議な歌詞は後を引く。

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 劇中、フランキーが坂本九の歌い方を真似して「とんかつの唄」を歌い踊り、テレビからは森繁の歌声が流れる。そしてラスト「とんQ」に、りんご始め果物の名前の、久作の馴染みの芸者が集結。森繁のリードで、山茶花究も一緒に歌う。「駅前」「社長」でも森繁の歌唱シーンはあるが、寮歌や唱歌など既存の楽曲ばかり。オリジナル主題歌のヒットももくろんで「職人シリーズ」に力を入れていたことがわかる。

 中盤、上野のれん会の事務所に、映画会社のプロデューサーと脚本家が「とんかつの映画を作る」ために取材に来るシーンがある。ここでシナリオ作家を演じているのはプロデューサーの椎野英之、プロデューサー役が原作者としてクレジットされている八住利雄という楽屋オチもある。

 川島雄三は次作『イチかバチか』(6月16日)公開直前、6月11日に急逝。川島による濃密な喜劇「職人シリーズ」は、これ一作のみとなったが、川島の薫陶を受けた藤本義一が脚本に参加した『喜劇駅前競馬』『喜劇駅前満貫』(1966年)では、この濃密な狂騒曲が継承されている。特に『駅前満貫』での、三木のり平と池内淳子の夫婦役は、本作を受け継いでいる、ともとれる。


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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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