『あすなろ物語』(1955年・堀川弘通)

 井上靖の自伝的小説を、一番弟子の堀川弘通のデビュー作として、黒澤明監督が脚色した『あすなろ物語』(1955年)は、主人公・鮎太の小学時代、中学時代、学生時代の三部からなる。原作でいうと、第一編「深い深い雪の中で」、第二編の「寒月がかかれば」、第三編「漲ろう水の面より」にあたる。
 第一部でいつもグッと来るのが、寝床で冴子姐ちゃん(岡田茉莉子)が「トオイ、トオイ山ノオクデ、フカイ、フカイ雪ニウズモレテ、ツメタイ、ツメタイ雪ニツツマレテ、ネムッテシマウノ、イツカ」と鮎太(久保賢)に囁くところ。久保明さんの弟・久保賢さんは、のちに山内賢として日活で和泉雅子さんとコンビを組んで青春スターとなる。まだあどけないけれども、目の演技が良い。

 鮎太の「檜になろう」って、少年時代、井上靖「あすなろ物語」を読んで思ったことを映画を観ながら思い出した。第二部で15歳の鮎太を演じた鹿島信哉さんは、のちにバイプレイヤーとして「太陽にほえろ!」で様々な役や、アナウンサーとして登場。声が良いんで「ウルトラマンシリーズ」にもアナで出演。
 祖母(三好栄子)を喪い、鮎太(鹿島信哉)の精神的支柱になる下宿先のお寺の娘・雪枝(根岸明美)のアクティブさがとても良い。この映画は気恥ずかしいまでに、少年の成長にとって大切な何かをストレートに教えてくれる。黒澤明脚本には、原作をツイストすることなく「青年よ!」が込められている。
 体育祭で頑張った鮎太たちが、いつも殴られている上級生たちに復讐するシーンの清々しさ。いじめられっ子たちがお汁粉屋で決起するところも微笑ましい。雪枝の「檜になれるわよ」のことば。こんなお姉さんがいてくれたら、と少年時代に思いました。「明日こそ檜になろう。明日なろう」って(笑)
 雪枝のために、不良を懲らしめた鮎太。浜辺で一緒に横になった雪枝が「あすなろのうた」を菩提樹のメロディで歌う。このシーンの美しさ、切なさ。鮎太少年の恋慕も含めて瑞々しい名場面!

 18歳になった鮎太(久保明)が下宿した旧家のお嬢さん・玲子(久我美子)の気まぐれに翻弄される青春と恋の日々。下宿の仲間、高原駿雄さん、太刀川洋一さんとの交流。本当にストレートでいいなぁ。早坂文雄さんの音楽も柔らかくて、優しい。久我美子さんの美しさ!
「明日は檜になろう。僕はあすなろが好きなんです」
「檜になりましょう」
「檜になりましょう」
玲子との別れに流れる「あすなろの歌」菩提樹のメロディが切ない。ああ、良い映画だなぁ。『あすなろ物語』十代のうちに観ておいて欲しい作品です。

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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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