ダメ人間、最悪の一手

物心ついた時にはすでにサッカーボールを蹴っていた。
時間があればボールを持って遊びに行き、団地の下でボールを蹴る。
風邪でサッカーの練習に行けない時は大泣きするほど
サッカーを愛してやまなかった。
それだけ楽しかったから・・・。

中学生になると部活としてのサッカーが始まる。
当時はサッカースクールに通う中学生は皆無だった。
毎日続く厳しい練習。
グランドだろうが校庭だろうが非常階段だろうが、走れる所は全て走る。
練習でミスしようものなら怒鳴りに怒鳴られる。

いつしかサッカーは苦痛なものになっていた。
怒られるのが苦痛。
ボールに触るのが苦痛
グランドに立つのが苦痛。

サッカーに対し、そんな考えを持つようになった私だが
一応レギュラーとして試合に出ていた。
ただ、嬉しいかと言えば疑問だ。
なんでオレはサッカーをしているんだ?
そんな葛藤の毎日に事件が起こる。

他校に出向いての試合。

「遅刻」

いや、正確には駅前集合に遅刻。

「怒られる」。

残念ながら子供の自分には監督から怒られるという恐怖を
正面から受け止められるほどの精神的キャパは持ち合わせてはいない。

「仮病を使おう」。

人生13年生きてきて頭に浮かんだ選択枠は、たったの1択。
今思えば情けないが、当時は「最高の一手であった」。
なぜなら怒られずに綺麗に問題を解決したからだ。
厳しい練習に休みもほぼ無しの環境で、あっさりと休めたのは少し驚きでもあったが。

今、39歳。
生きてきた中でこれほど問題を引き起こした『悪手』はこの一手だけだ。

翌日。

授業終わり。
当たり前のように練習が始まる。
昨日の試合内容が悪かったのか、めっちゃ走らされる。
仮病明けの私は体力が有り余っているので頑張る。

ただ。

ただ、頑張りすぎた。

中坊の私は何も考えず、練習メニューをやり切った事に満足していた。

その週の休日。
休日とは名ばかりで当然試合がある。
この日とても嬉しい出来事が。
今まで1度たりとも応援に来たことが無かった
母親が試合を見にきてくれたのだ。


『よっしゃ、カッコいい所を見せてやろう』
レギュラー間違い無しの自分にとって
サッカー部に入って心から試合に出たいと思ったのは初めてだった
かも知れない。

スタメンは基本、変わらない。
ただ、メンバーはアップ後に発表だ。
私は左利きで体力・走力ともに学年上位なこともあり
アップダウンの激しい左サイドバックを主戦場にしていた。

普段であれば4〜5番目には名前が呼ばれるはず。

しかし。

待てど暮らせど名前は呼ばれず。

あれ?

今日はFW?

なんて呑気なことを思っていると
スタメンに名前が出てこなかった。

???

母親がきているのに。

監督の嫌がらせか?

結局、最後まで名前は呼ばれることもなく試合終了の笛。

部活ではレギュラーチームをAチーム。
それ以外をBチームと呼ぶ。
そのBチームのメンバーとしてスタメン出場。

普通の人であれば、この時点で先週の『悪手』がバレているなと
感づくだろうが、私は鈍感。

むしろ先週風邪だったから気を使ってくれているのかな?
・・・とすら考える愚か者。

まぁ、母親には悪いが次はレギュラーで出れるだろうから
『また見にきてくれ』と言おう。

なんて考えながら家路に着くと・・・

なぜか母親が泣いていた。
それも大泣き。

???

えっ?

なに?

・・・全てを話してくれた。

監督が仮病を週明けの時点で見抜いていたこと・・・。
『風邪明けで、あんなに走れるはずはない』と。
そんな話を他の親の前で言われたこと。
とても恥ずかしい思いをしたと。

本来、今日はBチームでも出す予定では無かったらしいが
母親が来ているから気を使って試合に出してくれたんだと・・・。

その時、全てを知った時、愚かな自分を責めた。

さすがのバカ中坊でも失ったもののデカさに気付く。

監督の信用。
レギュラー。
母親からの信頼。

1つの嘘で失ったものの大きさを知る。
レギュラーは致し方ないだろう。
ただ、信用や信頼は長い時間をかけて積み上げていくもの。
短い中学生生活で取り戻せるものなのか?

そこから半年ほどはBチームで過ごすことになる。
Aチームの試合だと、当然監督も気持ちが入るのか
厳しい口調で怒鳴る。
正直、その怒鳴られる事さえ羨ましく思える。

何より、Aチームというのは『カッコいい』存在だということに
気が付いた。
なんというか、ユニホームや着ているもの
それは一種のアイドルの様に眩いのだ。

更に、これまたイケメンの集まりだったりする。
実際、Aチームのメンバーはモテた。(小声で言うと私もモテた)

あの場所へ戻りたい。


同じことを繰り返す

正確にいうと、ダメ人間は結局、準備が出来ていないことを言うんだろうなと
思った。

唐突にチャンスが巡ってくる。
Aチームの試合中
グランドの隅のほうで練習していると、急にお呼びが掛かる。
ダッシュで向かうも、私を目の前にするなり
『あっちへ行け』という監督?

私が???ってなっていると
監督の目線が下を向いていることに気づく。

スパイクの紐が取れている。
衝撃的なバカだ。
全く準備が出来ていなかった。

寝る準備。
起きる準備と同様に
試合に出る準備が出来ていない。

部活でのサッカーと地域でのサッカークラブとの違いは
人としての成長を1番の目的とするか。
プロを育てることを1番の目的とするか。

私は人としての成長。
成長に必要なことを部活を通して知った。

監督は厳しかった。
今でも中学生時代の部活が一番キツかった自信がある。

ただ、『準備』

スタートラインに立つ資格を得るには
『準備』をすること。
これを学んだ。

部活はというと、最後にはAチームのレギュラーに戻れた。


私は勉強が出来ないバカだ。

なので、監督は私の受験が相当に心配だったらしい。
受かった事を報告に行くと、
『お前が一番心配やったわ、良かった』と
言ってくれた。

ギリギリで『準備』の大切さを知ったお陰かな。





#部活の思い出

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toshi
サッカー・apple製品・家族旅行・キャンプなどが好きな3児の父親。 仕事は製造業。仕事以外でパソコン・タブレットが手放せない中毒の37歳、中年オヤジです。フットサルで健康維持!

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