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ニュージーランド人の後ろめたさ

ニュージーランドの一番の魅力は、雄大な自然でもキウィフルーツやラムステーキでもなく、ニュージーランド人が時折見せるどこか後ろめたさを感じさせる様な、哀愁を帯びた翳りある表情だと思った。

この世の中には、大英帝国の歴史が生み落とした英語移民国家がいくつか存在する。ニュージーランドもその内の一つである。先住民族であるマオリが既に入植していた土地に、18世紀頃からやってきた欧米系移民。しかし、隣国のオーストラリアや北米大陸とは異なり、ニュージーランドにやってきた欧米系移民は現地の先住民族を十分に駆逐することはできなかった。否応なしに、先住民族との共存を余儀なくされた。マオリは強かったのである。

その歴史が、ワイタンギ条約という結果になり今日にまで続いている。アメリカ合衆国が合衆国憲法の下に成立する国家だとしたら、ニュージーランドはワイタンギ条約という条約の元に成立している国家である。

ニュージーランドに住む欧米系の住民は、どこか心の中で勘づいているのではなかろうか。ここが本来は自分たちの土地ではないことを。ニュージーランドの総人口500万人の内、自らをマオリ系であると自認する人の割合は凡そ15%にも上る。日常生活の各所にも、マオリ語やマオリ文化は溢れている。ここで生活する以上、ここが本来はマオリの土地であったという歴史をまざまざと見せつけられる。

そんな土地で生活するニュージーランドの人々、とりわけ欧米系住民は皆一様に翳りを帯びた、後ろめたさを感じさせるような表情を見せることが時折あると感じた。Aotearoa New Zealandは誰のものであるのか。「ここにいる」のに「どこにもいない」かの様な。「ニュージーランド人である」のに「ニュージーランド人とは言い切れない」かの様な。そんな微妙な感情を感じることが時折あった。

ニュージーランドは欧米系移民が入植して近代的なインフラを整備し、発展を続けてきた国家である。しかし、その発展の先にあるのはマオリ文化の振興と自認である。欧米系住民が先住民族マオリとの共存を余儀なくされてから150年以上が経過し、New ZealandはAotearoa New Zealandとして独自のアイデンティティを模索し、構築する必要に迫られている。その過程で、欧米系住民は自らがこの土地に対する新たな入植者であることを意識させられ、過去に先住民族に対して行なってきた圧政の認識と清算に向き合わざるを得ない。しかし、そうすることなしに、自分たちの確固たるナショナルアイデンティティを確立することはできない。ここが、ニュージーランドという国家が他の英語移民国家とは異なる点であり、私自身非常に興味深いと思う点である。

首都Wellingonにあるニュージーランド国立博物館は、マオリ文化に関する展示がかなり充実している。まるで、自らがマオリ文化の上に成り立つ国家であることを対外的に宣伝するかのように。しかし、私がそこで見たマオリ文化を欧米系住民の手で現代アート風に脚色したかのような展示や、あまりにも綺麗すぎる当時の生活を模したマオリ式家屋などの展示は、どこかチグハグで心から美しいとは思えなかった。それは、欧米系住民の文化でもマオリの文化でもなく、Aotearoa New Zealandの新たなアイデンティティ模索の過程で産み落とされた、一つのカタチである。「ここにいる」のに「どこにもいない」人たちが後ろめたさの中で作り上げた、翳りを帯びたアートであった。

私はそんなニュージーランド人の後ろめたさが、ニュージーランド人の時折見せる翳りを帯びた表情が好きだ。彼らは彼らなりに、真摯に歴史に向き合い、その中でAotearoa New Zealandの新たな道を絶えず模索し続けている。

ニュージーランド人は英語でNew Zealanderとも言うが、一般的にはKiwiと言う。国家のシンボルである飛べない鳥Kiwiを用いたKiwi呼称の方がより一般的である。ニュージーランドという絶海の孤島の固有種である飛べない鳥、Kiwi。そんなKiwiを自ら名乗るニュージーランド人。今、ニュージーランドではKiwi(ニュージーランド人)の国外流出がかなり大きな問題になっている。総人口自体は移民の増加により増加傾向が続いているものの、Kiwiはニュージーランドに見切りをつけて次々と国外へ、とりわけ隣国のオーストラリアへ流出し続けている。

ニュージーランド人も、オーストラリアの方が都会的で就業の機会も多く、賃金が高いことはわかっている。オーストラリアと比べると、ニュージーランドには何もないのである。そして、自国の若者は教育や就業の機会を求めて次々とタスマン海を渡り、オーストラリアへ行ってしまう。「ニュージーランドは所詮…」と言ったような、そんな話をする時にも、彼らはどこか後ろめたさを感じさせる、哀愁を帯びた表情を見せる。

私は、そんなニュージーランド人の後ろめたさが大好きだ。この国の1番の見どころは、雄大な自然でも美味しいご飯でもなく、ニュージーランド人の後ろめたさを感じさせる表情である。それは、ニュージーランドという雄大且つ「何もない」土地の風土と歴史によって産み落とされた、美しい結晶である。



最後に、私がこの文章を書くきっかけになった、Wellingtonのニュージーランド国立博物館で見たワイタンギ条約関連の展示の文章を引用する。これこそが、正にAotearoa New Zealandを端的に表した文章であると思う。

Aotearoa New Zealand is a treaty nation.
It was founded on a promise of partnership that we all have a responsibility to honour.




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