財務省に見る「失敗の研究」
人は誰しも自分の利益を求めて行動する。
市井の一般人であろうと、政治家であろうと、官僚であろうと、教育者であろうと、例外なくすべてが自己の利益を求める。
自己の利益を求めることが利己であり、他人の利益を求めることが他利(他人利益)である。
利己と他利が対立する時、半分から6割は自己利益を求めるが、5割から4割は他利を求めるような人を、世間では「公正な人」や「立派な人」、あるいは、「倫理観のある人」と呼ぶ。
共同体や組織という集団を動かすリーダーには、「倫理観のある人」が必要である。
国という共同体のリーダーが首相であり、企業組織のリーダーが経営者であり、政治家の就く、大臣 、副大臣、大臣政務官ら政務三役がお飾りだとすれば、実質的には、省庁の官僚組織の事務次官が行政のリーダーである。
集団では人々は共有する固有の価値観を持ち、また、メンバーに共通するものの見方や考え方を有している。
事業家であり経営学の近代組織論の創始者と言われるバーバードは、組織のメンバーが受け入れる、組織の価値観、また、組織におけるものの見方や考え方を、その人の持つ固有の「個人人格」と対比して、「組織人格」と呼んだ。
ノーベル経済学賞を受賞し、意思決定論の対価であるサイモンは、組織が個人の「意思決定前提」に影響を与えて、意思決定の合理性を高めるよう働きかけているとしている。
意思決定前提には、組織の望んでいる目的や価値を提示する「価値前提」と、組織の知識であり、「〇〇すると、△△になる」という因果関係の理解を提供する「事実前提」の、二つがある。
意思決定前提の刷り込みによって、組織の人々は組織の望むような合理的意思決定を行い、行動するようになる。
思想は価値がベースとなるような因果関係の仮説である。
思想においては、適正に因果関係を認識しているかもしれないが、多くの場合、期待をベースとした願望であるか、または、そうなるであろうという期待的な推測ある。
財務省に入ると、人々には均衡財政主義という意思決定前提が刷り込まれる。
均衡財政主義という意思決定前提により、財務省職員は均衡財政主義に基づいた行動を行うことになる。
また、財務省という組織では、均衡財政主義による「スキーマ効果」や「確証性バイアス」が働く。
スキーマ効果はあらかじめ自分の持っていた見方でものを見ようとすることであり、また、確証性バイアスは「こうあって欲しい」と思うような、自分の期待に沿ってものを見ることである。
「スキーマ効果」も「確証性バイアス効果」も、自分の持つ見方や期待の通りにものを見ようとすることであり、それらが働くと現実や状況を正しく理解することができなくなる。
財務省で働く人々は、「スキーマ効果」や「確証性バイアス効果」によって、現実や現象の正しい理解が難しくなっている。
財務官僚の主要なポストは、事務次官、国税庁長官、職は主計局長の三役である。
東大法学部をトップクラスで出て、上級公務員試験もトップクラスで受かったような、本家本流の出身者の三役の一人を、私は知っている。
彼は、人柄がよく、スマートで、謙虚で、話をしてもとても楽しい人ある。
本家出身で本流を歩いてきたような彼のような人は、比較的思考が開放的であり、均衡財政主義に対しても批判的観点を持てるようなゆとりがある。
しかし、亜流の出身の三役となると、人にも増して組織へのロイヤリティを示さなければならないというプレッシャーがあるせいか、人一倍強烈に組織的価値を強調するようになる。
一橋大学卒の初の財務事務次官として、矢野康治氏が次官となった。
彼は、2021年10月8日発売の月刊誌『文藝春秋』に、「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」を投稿した。
一般職の公務員である事務次官が、在職中に政治的な意見表明を行うことは異例であり、閣僚や国会議員が発言に対する意見を述べるなど、様々な波紋を広げることになった。
記事で彼は、新型コロナウイルス感染症の経済対策にまつわる政策論争を「バラマキ合戦」と表現し、このままでは国家財政が破綻する可能性があると主張した。
また、今やアメリカの主流派経済学のコンセンサスである、「低金利・低インフレ・低成長という長期停滞の下では、積極財政がもっとも有効であり、大規模な財政出動によって、政府債務の対GDP比は下がることになり、悔過的に財政がより健全化する」という事実に対して、「一見まことしやかな政策論ですが、これはとんでもない間違いです」と一蹴した。
そして、彼は、対GDP比の一般政府債務残高は減少させるべきであり、基礎的財政収支は黒字化しなくてはならないと、改めて、均衡財政主義を主張した。
彼は「スキーマ効果」や「確証性バイアス効果」に汚染され、経済の正しい理解ができなくなっていることが分かる。
今、外国人観光客が日本中に溢れ、安くてうまい日本の食事や安くて快適な旅行を満喫している。
まさにこれは、戦後すぐの日本に起こった、「富士山(ふじやま)& 芸者ガール」観光時代の再来である。
1997年の橋本政権による消費税5%への増税以降、20年以上、日本経済は停滞している。
他の先進国の経済が着実に成長するなか、日本だけの長期停滞現象である。
経済成長できなければ賃金が上がらないため、日本人は相対的に貧しくなり、生活水準が保てなくなっている。
経済停滞の原因は、主には財務省の均衡財政主義であり、また、従には経済界における倫理観の欠如した大手企業経営者の怠慢である。
さらに、それを許容・放任してきた、政治家、学者、マスコミの責任も大きい。
大手企業にとっては、体力のない中小企業が淘汰されることになる経済停滞は、黙っていても利益が増えるという、非常に心地よい環境である。
矢野の記事に対して、経済同友会の桜田謙悟代表幹事がすぐに反応し、10月12日の定例記者会見において、「(寄稿で)書かれていることは100%賛成だ」と述べ、矢野事務次官に対する支持を表明している。
経済とは、中国の古典にある『経世済民』、「世よを經(をさ)め、民(たみ)を濟(すく)ふ」の、略語である。
経済の目的は国民を救うことである。
デフレ経済下の日本の国民を救うためには、積極的な財政投資による経済成長が不可欠である。
経済成長によって、国も治まり、民も救われる。
国や組織を動かすリーダーには、「倫理観のある人」が必要である。
残念ながら、現在の日本の政治を支配している世襲政治家や、倫理観の薄い大企業経営者には、「倫理観のある人」はほとんど見当たらない。
無能な世襲政治家がリーダーシップを発揮できないため、経済的に今の日本は、財務省に支配されている。
「省益あって国益無し」という、官僚を揶揄した言葉がある。
しなしながら、財務事務次官には、均衡財政主義という、自分や自分が属する省庁の利益ばかりでなく、積極財政の出動により、他者である国民全体の利益を考えることができる人物になってほしい。
かつて、軍部という軍事官僚が日本を太平洋戦争に導き破滅させたように、これまで財務官僚が日本を経済停滞に導いてきた。
軍部が「倫理観のある人」をリーダーにできなかったために日本が失敗したように、財務省が「倫理観のある人」を財務事務次官にできなければ、日本はまた失敗せざるを得なくなる。
ベスト・アンド・ブライテストの財務省の高級官僚には、かつての失敗の研究から学び、本来のパブリック・サーバントに戻って欲しい。
そうでなければ、かつて中国に存在した、国を蝕む宦官の集団となってしまう。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA202W80Q4A520C2000000/
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