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日産の悲劇:ルノーのくびき
「くびき」とは、牛や馬などの大型家畜を、スキや馬車、牛車、かじ棒に繋ぐ際に用いる木製の棒状器具である。
転じて、自由を束縛するものの意味に使われる。
くびきは、「タタールのくびき」がたとえとしてよく使われる。
1240年にキエフ公国が滅ぼされ、モンゴル人のキプチャク=ハン国が南ロシアに建国された。
それ以来、ロシアが1480年に独立を回復するまでの間、約240年間、モンゴル人の支配を受けていた時代のことを、タタールのくびきという。
ロシア史においては、野蛮なモンゴルの圧政の下に高いキリスト教信仰を持つロシア民族が苦しんでいた時代としてとらえられている。
ルノーのくびきは、1999年、ルノーが経営危機にひんしていた日産に対して救済出資したことから始まった。
ルノーが日産株約43%を持つのに対し、日産が保有するルノー株は15%にとどまり、フランスの法律により議決権がないことから不平等な関係が続いてきた。
しかし、2023年11月、ルノーが保有する日産株43・4%のうち28・4%をフランスの信託会社に信託し、出資比率を互いに15%とすることになり、現在は対等な関係にある。
日産は、現在も、ルノーが送り込んだゴーンによる拡大戦略による、過剰設備と過剰人員に苦しんでいる。
また、現在の内田誠社長の就任に関しても、ルノーの強力な後押しがあったと言われており、いまだルノーのくびきから放たれたとは言えない状況にある。
2024年12月より経営統合を目指し協議を重ねていた日産とホンダは、2025年2月6日、日産の内田社長よりの統合協議打ち切りの申し出を受けて、統合を断念することになった。
経営統合に際して、ホンダは、日産の意思決定が鈍く、また、事業再構築が不十分と判断し、主導権を取るために、日産の子会社化を打診した。
しかし、対等での統合を考えていた日産は反発し、日産の取締役会では統合反対の意見が相次いだという。
EVの台頭により激変するモビリティ産業での生き残りをかけた、両者による再編の試みは失敗に終わった。
ホンダとの経営統合の話が出てくる前、2024年11月7日の発表では、日産の25年3月期の連結営業利益は、従来予想の5000億円から1500億円(前期は5687億円)に70.0%下方修正し、減益率が12.1%減から73.6%減に拡大する見通しとなっていた。
それにともない、内田社長の下、2024年3月に打ち出した、3年後に販売台数を100万台増やすことを盛り込んだ中期経営計画「The Arc」の数値目標を、わずか8か月で撤回した。
内田社長は業績不振の経営責任として、11月から報酬の50%を減額、経営会議メンバーも報酬の一部を自主返納することになった。
内田社長は、リストラ計画を発表したオンライン記者会見で、「日産をスリムで強靭な事業構造に再構築し、商品力を高め、再び日産を成長軌道に戻す道筋をつけることが私の社長としての最大の役割」と述べ、トップ続投に意欲を見せた。
しかし、社内外からは、市場の先行きを見誤り成長戦略に失敗した内田氏に対し、社長退任を求める声が強まっていた。
特にやり玉に挙がっているのが、内田社長の高額な報酬である。
有価証券報告書によると内田社長の23年度の総報酬額は6億5700万円だった。
報酬の減額は11月からで、4月から10月までは満額を受け取っているため、今期の報酬総額は4億円超と予想される。
日産の従業員からは、「業績不振で9000人の人員をカットする経営者の報酬とは思えない」、「全額返上でもおかしくない」など、批判する声が相次いでいたという。
近年、日本では企業のガバナンス強化のために、外部取締役の積極的な登用を進めている。
日本証券取引所の定義によれば、「コーポレートガバナンス」とは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みである。
社外役員には、主に外部からの視点を提供することによって、企業の透明性や信頼性を向上させる役割を果たし、かつ、社外取締役は経営者の意向に偏らないため、客観的な議論を促進することになるとして、ガバナンスの強化に貢献することが期待されている。
建前上はそうかもしれないが、実情は、外部役員が客観的な議論を促進するようなことは、大変困難であろう。
取締役会は会社の方針を決定する場である。
社外役員が有効な企業ガバナンスを発揮させるためには、社外役員が取締役会で特定株主や経営者の意向に偏らず、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うことが重要である。
しかし、社長選定、また、ホンダとの経営統合に関する日産の迷走を見ると、社外役員が有効にその機能を発揮できているのか、大変疑問に思う。
社外役員への登用や任期の継続は、経営者や大株主の意向に左右される。
したがって、社外役員は、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うことよりも、どうしても大株主や経営者の意向に沿うような意思決定を行うことになろう。
日産では役員の報酬が高いことが知られているが、社外役員でも年間2,000万円の報酬と言われている。
第一線を上がってしまった社外役員が、2,000万円の報酬を失いたくなければ、大株主や経営者の意向に沿った意思決定を行うことは当然であろう。