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IRR(内部収益率)で新製品投資を評価するの?

 数字は物事をより客観的に説明するために用いられる。 
 「とても有望な新製品」という「とても有望」の解釈は、人によって異なってくる。
 しかし、例えば、100億円の売上とか1億円の売上のように、金額で表せば「とても有望」を客観的に理解できるようになる。

 新製品への投資は、新たな金型の購入や必要な製造設備などが含まれる
 投資決定に当たっては、どのくらい儲かるかが決定基準になる。
 まず、売上を予想し、次に、推定した原価や経費を売上から差し引いて利益を算定する。 
 さらに、投資効果が継続する年度の予想利益の合計金額から、投資額を引いて、プラスならば投資を容認、マイナスならば否認とするというのが、もっとも単純な評価となる。

 考え方は同じだが、効果の継続する各年度の利益ごとに割引率を考慮したものが、DCF法(割引キャシュフロー法)である。単純には、割引率は金利と考えて良い。

 同様に、少し複雑になるが、投資額と同等になる利益総額の割引率(IRR)を算出し、その割引率が期待値を超えていれば投資は可、超えていなければ投資は不可とするのが、IRR法となる。一般的には、期待値はWACC(加重平均資本コスト)である。

 なお、DCF法やIRR法では利益はキャッシュフローであり、厳密には、利益+原価償却費となる。

 新製品に関する投資の評価をIRR法で行い、事業が衰退している企業がある。企業のWACCが7%だとすると、7%以下のIRRでは投資が認可されない。学術的で一見すると合理的な投資判断に思えるが、まったくナンセンスである。
 ナンセンスな思考によって企業が衰退している。

 これから発売する新製品のように、まだ海のものとも山のものとも分からないものであっても、金額で予測すれば投資の可否を客観的に議論することが可能である。
 しかし、新製品の利益予想のように、未実現の状況を予測するには主観的な判断が入らざるを得ない。主観的な判断をもとにした数字もとに、客観的な判断をしようとしても無意味である。

 サイモンが言うように、神でない人間には「認知能力の限界」があ
 新製品の発売の場合の認知能力の限界には、社内の人間が多少市場の調査をしても新製品の販売は正確に予測ができないという場合もあるし、また、大金をかけて外部の市場調査会社に委託しても正確な売上予測は難しいという場合も含まれる。
 いずれにせよ、認知能力の限界とは未来を予測することは困難であるということを意味している。
 この困難さを、経営学では「戦略的不確実性」と呼ぶ。

 特に、日本企業の場合には、大金をかけて外部に市場調査を依頼するようなことは非常に稀である。
 市場調査を有力な戦略系のコンサルティング会社に依頼すれば、数億円単位の費用が掛かるが、既存市場であれば戦略的不確実性は確実に減少する
 欧米企業では、あらかじめ金をかけて情報分析をすることが一般的である。

 事業が衰退している会社は、過去に管理部門主体で「選択と集中」を強力に推進した。
 現在も、行きがかり上、管理部門の力が強い。加えて、経営者も事業部もIRRについてよく理解できておらず、管理部門が英三文字単語のIRRという言葉を持ち出すだけで、思考停止に陥ってしまう。
 結果的には、事業部による試行錯誤の学習が行われなくなり、新製品の開発能力が大きく低下してしまった。

 理性と感性の使い方を間違えると、とんでもないことになる。
 現実は理性と感性の程よい使い方、すなわち、「実践的知性」が重要である。

リーダーに必要な「実践的知性」 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

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