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イタリア人医師が考える、日本に引きこもりが多い理由。

パントー・フランチェスコさんは、日本で精神科医を目指す研修医として働いている。

彼を日本に引き寄せたのは、大好きな「アニメ」、そして「引きこもり」だ。引きこもりは世界中で似た現象が報告され、「Hikikomori」として社会問題になりつつある。

日本に来て、「引きこもりはやはり日本特有」と気がついた。根っこにあるのは、人々の思考に染みついた「文化」。国や地域の文化が生む「大きな物語」になじめず、それに当てはまらない自分を気に病む人が多いという。

ならば、「自分の物語」を編み直すために、架空の物語の力を借りることができるのでは——。フランチェスコさんは今、「アニメ」を使った引きこもり治療法の開発を目指し臨床と研究を続けている。

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医学部の授業で「Hikikomori」と出会い、日本へ


——なぜ日本で精神科医に?

フランチェスコ:「イタリア人は陽気」というイメージがありませんか? 私はイタリア南部のシチリア島出身です。双子の姉も同級生たちも陽気で、スポーツが大好き。一方、私は子どものころから内気で、外で遊ぶよりもアニメを観るほうが好きでした。

周囲から浮いて引きこもりがちだった時、生きる力をくれたのが日本のアニメです。特に「セーラームーン」に憧れました。日本にはすばらしいアニメ作品がたくさんあり、将来は、日本の文化に囲まれて暮らしたいと思うようになりました。

その後、「生命の神秘を知りたい」とイタリアの大学の医学部へ進み、大学3年の精神医学の授業で「Hikikomori」に出会います。定義は「6カ月以上家にこもって人との接触がない」というようなもので、文化結合症候群という、その国や地域の文化によって発生しやすい精神障害の一つとして紹介されていました。

日本の文化特有とされるHikikomoriの症状と、子ども時代の自分を重ね合わせたことを覚えています。

大学を卒業してEUの医師免許を得たころ、日本の文部科学省の留学制度に応募し、引きこもり研究の第一人者、斎藤環・筑波大教授のもとで学ぶことになりました。

日本で精神科医として働こうと思ったのもこのころです。実際に患者を診て、Hikikomoriについてもっと深く知りたいと思いました。

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Hikikomoriは欧州や韓国など世界中で社会問題になり始めている。それでも、“引きこもり先進国”である日本の状況はずば抜けている。

2019年、40-64歳を対象とした「引きこもり」の調査結果を内閣府が発表した。その数推計61万3000人。15-39歳の推計(54万1000人)と合わせると、国内総数は110万人を超す。

イタリアでも社会問題となりつつあり、ひきこもり家族の連絡会「Hikikomori Italia」も設立された。

しかし、「インターネット依存症」などと混同されている可能性が高く、日本の引きこもりとは必ずしも同じではない、とフランチェスコさんは見る。

「家から出ない」=「引きこもり」?

——Hikikomoriは日本の引きこもりとは違う、というのはどういうことですか?

イタリアでもHikikomoriが社会問題化し始めていますが、実は、大きく分けて三つの症状が混同されています。

一つ目の症状は、ネットゲーム依存です。若者がゲームにのめり込みすぎて、家の外に出られなくなる事例が増えているのです。

2019年には、WHO(世界保健機関)がゲームのやり過ぎで日常生活が困難になる「ゲーム障害」を、精神疾患と認定しました。イタリアの「Hikikomori」には、ゲーム障害も少なからず含まれていると思います。

二つ目は、イタリアの不景気と特有の家族文化が挙げられます。近年、イタリアでは若者の失業率が高く、外で働く機会を失っています。

さらに、親子のつながりがとても近いため、学校を卒業しても親と一緒に住む人が多い。仕事がないためにお金がなく、友達付き合いもできない。行動範囲がかなり狭く、結果として引きこもってしまう、というものです。

ここで立ち止まって考えてみてください。

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一つ目の事例は日本でも起こっていることですが、ネットゲームが登場する以前から日本には引きこもりが存在していました。二つ目は、イタリア特有の経済状況と家族文化が引き起こしていることです。

二つとも確かに家の中から出ませんが、「家から出ない」という状態が同じであっても、その原因が異なるのなら、全く違う症状のはずです。

ですから、引きこもりではなく、もう少し広く、単に「社会的隔離」(social withdrawal)と呼ぶべきだと思います。

そして、三つ目の形態が日本の「引きこもり」にとても近いものだと言えます。

本音と建て前。隔離された二つの自分を認める日本


——では、「引きこもり」とはどういう症状なのですか?

引きこもりは、社会的隔離の中でも、日本の文化に特有な症状、いわゆる、文化結合症候群の一つです。「文化とつながっている」とされるからには、日本特有の文化に注目しなければなりません。

日本文化における「本音と建前」が鍵となる言葉だと思います。

日本では、「本音と建前」という隔離された二つの自分がいることが、普通に認められています。むしろ、この分離が望ましいとされているくらいです。

もちろん世界中にも、ある程度の分離はあるけれど、はっきりと分かれた二つの自分を、意識的に操る文化は珍しい。

「本音と建前」は、「内と外」を分ける文化ともつながります。家、会社、学校、地域、あるいは、国。内と外の間に、厚く高い壁があるかのようです。

人々の関わりも固定的で、壁の内側に限定されがちです。壁の外側の人と、直接コミュニケーションを取ることは少ない。

イタリアのことを考えてみます。

イタリアでは、まちで偶然に人と知り合う機会が多いです。「外側の人」であっても、いつかは「内側の人」になるかもしれない、という前提で接する文化です。コミュニティの中に日本ほどの「壁」はありません。壁がないと「内」もなく、そもそも「引きこもる」ことができません。

逆に言えば、日本では「内」と「外」がはっきりと分かれているからこそ、引きこもることができる。だから、「引きこもりは日本の文化特有の症状」とされてきたのです。

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内と外を隔てる壁が、少しずつ積み上げられている

ここまで考えると、「日本特有」とされていた引きこもりが、世界中の先進国でもやはり広がりつつあることが分かってきます。これがイタリアで確認されている三つ目の社会的分離の形態です。

原因は、コミュニケーションの形が変わっていることです。日本に限らず、先進国では、面と向かってやりとりする、生のコミュニケーションが薄く、少なくなってきています。

よく指摘されるように、他者との関わりは人間の原始的な欲求で、会話や社会的関係はどうしても必要です。ゆえに人は隔離されると、どの国の人でも、うつや統合失調症などの精神症状が出てきます。

日本のコミュニケーションは元々間接的で、遠慮する文化がありますね。実は、欧米でも、日本のような、間接的で距離のある人間関係がつくられやすくなっています*。内と外を隔てる壁が、少しずつ積み上げられているのです。

このパターンの社会的隔離は、日本の引きこもりと近いです。なぜなら、関わっている要因が近いからです。こうした社会的隔離を、Hikikomoriと呼ぶことができると思います。

「自分の物語」を自分で編みなおす

引きこもりが先進国で広がると、当然、治療を求める人も現れます。もちろん、必ずしも治療しなければならないとは思いません。本人が治したい、家の外に出て活動したいと願う時に、治療をするのが精神科医の役目です。

治療を考える上で、着目したのが「物語」でした。

人は物語をつくる生き物です。物語をつくることは、身の回りで起こるさまざまなことや行動に対して意味をつけることです。自分の行動に意味があると思うから、自分で納得できて行動できます。

けれど、うつになる時は、自分の行動を納得させる物語がつくれず、どうしても行動できなくなってしまいます。

日本では、「スタンダードの物語」を求める圧力がとても強いと感じます。年齢に応じたゴールがあって、例えば、「30歳よりも前に結婚しなければいけない」とか。「売れ残り」という表現に出会って驚きました。

——イタリアには「適齢期」はないのですか?

ないないない。30歳過ぎても結婚しないのが「普通」ですよ。結婚は個人の問題であり、日本のような社会的な圧力は存在しません。全員が同じような人生を、同じタイミングで送れるはずがないじゃないですか。

日本では「〇〇しなければいけない」という大きな物語がとても多く、そこに当てはまらないことを気に病んでいる人が多いように思います。

これまでの自分の物語が、その文化がもつ大きな物語に押しつぶされそうな時、私たちは、別の物語の提供を受けたり、自分で編み直さなければなりません。

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イタリアにもある「大きな物語」

もちろん、イタリアにも物語の圧力は存在しています。

私自身、イタリアの大きな物語にはなじめずにいました。イタリア南部の陽気な人々に囲まれた環境で育ちながら、サッカーをするよりも家の中で静かに遊ぶことが好きでした。日本ほど同調圧力が強いわけではありませんが、それでも変わり者扱いはされていました。

——サッカーは嫌いなんですか?
元々好きではなかったけど、今は純粋に嫌い。イタリアでそんな人は、片手で数えられるくらいじゃないですか?(笑)

例えば、イタリアでは「日焼け」に対して不思議な圧力があります。「色白の人は病弱」というイメージが強くて、バカンスになると、日差しの強いシチリア島は、日焼けをする人たちであふれます。

日焼けによる皮膚がんのリスクを自覚している医師であっても、文化的には望ましいから焼けようとする。不思議です。

私は日焼けを避けようとする日本の文化が好きです。私は日傘を使うのですが、イタリアで過ごしたある夏の日、日傘を使おうとカバンから取り出したら、母親のびっくりした目が半端ではなく、どうしても使えませんでした。

「社会的な物語」を自覚している自分ですら、その文化が求めない行動をとることはときにとても難しい。

大きな物語になじめず、自身とのずれが大きくなり、それが精神症状として現れた時、自分一人の力で解決をするのは難しい。だから、誰かの助けがとても重要なのです。

このことは、どの文化に属する人でも同じです。イタリアと日本、二つの文化を知る自分にしかできないことがあると思っています。

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=フランチェスコさん提供


他者の物語=アニメの力 で心の抵抗を下げる

ここで、自分の物語を作りなおすとき「アニメ」の力を借りた治療ができるのではないかと考えました。このアイデア自体は新しいものではなく、「間接的学習」を応用した方法です。

人間は直接行動しなくても、他者の行動を見て、真似て、学ぶことができます。アニメや映画を見て、登場人物のやっていることが自分でもできる気になったことはありませんか?

もう一つは「感情の喚起」。物語を観たり読んだりした時に、感動したり、怒ったり、喜んだりすることです。他者の行動によって、脳が動かされるのです。

また、カウンセリングを通して、自分の体験を振り返っていく方法はよく知られた治療法ですが、人によっては、過去を振り返ることが難しかったり、振り返ることで大きく傷ついたりする場合もあります。

そんな時、他者の物語を借りることで、心の抵抗を下げることができるのではないか、と考えています。特に、二次元の登場人物なら、自分の中でそのキャラクターを作り替えることも容易です。

アニメが心の支えになることは珍しいことではない、と自分の子ども時代を振り返って思います。

引きこもりがちだった自分を支えてくれたのが「セーラームーン」でした。普通に生きてる中学生が、戦う時に美しく変身する。きれいで繊細だけど、同時に強く気高い。そんな姿に憧れました。

中には、美しい女性に変身する男性の戦士もいて、ゴリゴリの男性を望む欧米文化に違和感を持っていた自分にとっては、斬新であり、希望でもありました。

引きこもりでなくても、好きなアニメが心の支えになり、寂しさや悲しみを和らげてくれることはあります。アニメの中の友達関係を擬似体験して、実際の自分にはそんな友達はいなくても、友達関係を持っている時と同じ脳の部分が刺激されることもあります。

アニメが、人間関係に関わる脳の部分を刺激するなら、人間関係に起因する症状を和らげ、治すこともできるはずです。

これからやりたいこと

精神科医療でも、画像診断などAIが活用されるようになりました。どんな物語に、脳のどの部分が刺激されるかが分かれば、治療に役立つでしょう。

けれども、少し行き過ぎている部分があるとも感じています。同じ症状でも、同じ薬が同じように効くとは限りません。精神科の治療は特にそうで、社会的な経験やその人の症状への自覚など、数えきれないほど違いがあります。

今はその人に合わせたアニメを、一緒に選びながら治療を進めていくことを考えています。アニメの物語を通して、患者と対話し、その人自身の物語を作り直せるようになれたらいい。そして、いつかは、症状に合わせたアニメ作品をつくれるようになったらと、研究を続けています。

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パントー・フランチェスコ(Pantò Francesco)
医師。イタリア・シチリア島生まれ。サクロ・クオーレ・カトリック大学で学び、2015年にEUの医師免許を取得。同年に筑波大学大学院に留学し、引きこもり研究の第一人者である斎藤環教授の指導を受けた。2019年には日本の医師免許も取得し、現在、都内の大学病院で研修医として働いている。

*近代社会における人間関係の希薄化や、SNSの実際の人間関係への悪影響に関しては、数多くの論文が発表されています。
・"Loneliness as the Cause and the Effect of Problematic Internet Use: The Relationship between Internet Use and Psychological Well-Being"
・"Social Networking Sites and Romantic Relationships: Effects on Development, Maintenance, and Dissolution of Relationships"
・"Social Media Use and Its Impact on Relationships
and Emotions
"

(取材・撮影・文=笹島康仁 編集=錦光山雅子)

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