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何のために本を読むのか

 ランニングしている人に「なぜ走るのか」と聞く。走るのが好きだからと答える人もいれば、体力や健康のためと答える人もいるだろう。読書はどうだろうか。本を読んでいる人に「なぜ本を読むのか」と聞く。すると、本を読むのが好きだからと答える人はいるだろうが、健康のためと答える人はどれくらいいるだろうか。しかし、認知症予防のためや思考力をつけるためと答える人はすでにいる気もする。それに、教養のため、知識をつけるため、語彙力を伸ばすためという人は多いのではないか。

 読書推進運動はこれまで、著述の世界を好きと思う気持ちや、物語世界を体験する醍醐味、著者の思想を知る貴重さといった本に内在する価値や読書体験の魅力に頼って行われることが多かった。これに対し、前頭前野の発達を促すことで学習効果が高まる、認知症予防になるというように、人間の認知力の維持・向上に根拠を求めることは有効だろうか。しかし、「読書は能力開発のためにするものではありません」という本書の立場を尊重するならば、認知力向上を前面に押し出す読書推進は、本来の読書のあり方を歪めることになりかねない。このジレンマをどう解決すべきか、というか、そもそも対立させる必要がある問題なのか、一考の余地がありそうだ。

・小説や新聞記事のように活字が中心のものを読むと、前頭前野を含めて脳が全体的に働きやすい(p.28)
・読書習慣は、子どもの脳発達を促進し、言語性発達も促進する(p.38)
・学習中に背外側前頭前野が働いていれば学習効果が出やすく、逆に働きが悪いと学習効果が出づらい(p.56)
・実に不思議なことに、情報量が少なくて伝達スピードの遅い読み聞かせのほうが脳の発達を促しやすい(p.96)
・映像や画像を大きい画面で見ているときと小さい画面で見ているときでは、脳の活動が異なっていました。小さい画面のほうが、脳の活動が弱くなっていたのです(p.100)
・動画を見ているときの背外側前頭前野の活動は低く、何もしないで一点を見つめてぼんやりとしているときよりも低い状態でした(p.102)
・ゲームの中から楽しさの要素を抜けば抜くほど、脳の活動が起こりやすい(p.106)
・スマホ・タブレットを毎日のように長時間使っている子どもたちは、脳の発達が抑制され、学習しても学力を高めることができない(p.143)

個人的に重要だと思った部分を摘記

 脳科学者はこのような検証結果を示したうえで、「スマホ・タブレットを使うか使わないかは、個人が最終的に決めるとしても、その前提として、少なくともそのメリットとリスクをすべての人が知ることができる社会になるべき」(p.148)と主張する。まさにその通りであろうと思う。本書は、自分の時間をスマホ・タブレットではなく紙の本の読書に充てようというメッセージを脳科学の知見に基づき力強く主張するものだが、必ずしも読書推進運動のあり方を論じたものではない。この本書のデータを他の見解や調査結果と合わせて相対化しながら、考え続けていかなければならない。『本を読むだけで脳は若返る』(PHP新書、2023年)より。

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