何のために本を読むのか
ランニングしている人に「なぜ走るのか」と聞く。走るのが好きだからと答える人もいれば、体力や健康のためと答える人もいるだろう。読書はどうだろうか。本を読んでいる人に「なぜ本を読むのか」と聞く。すると、本を読むのが好きだからと答える人はいるだろうが、健康のためと答える人はどれくらいいるだろうか。しかし、認知症予防のためや思考力をつけるためと答える人はすでにいる気もする。それに、教養のため、知識をつけるため、語彙力を伸ばすためという人は多いのではないか。
読書推進運動はこれまで、著述の世界を好きと思う気持ちや、物語世界を体験する醍醐味、著者の思想を知る貴重さといった本に内在する価値や読書体験の魅力に頼って行われることが多かった。これに対し、前頭前野の発達を促すことで学習効果が高まる、認知症予防になるというように、人間の認知力の維持・向上に根拠を求めることは有効だろうか。しかし、「読書は能力開発のためにするものではありません」という本書の立場を尊重するならば、認知力向上を前面に押し出す読書推進は、本来の読書のあり方を歪めることになりかねない。このジレンマをどう解決すべきか、というか、そもそも対立させる必要がある問題なのか、一考の余地がありそうだ。
脳科学者はこのような検証結果を示したうえで、「スマホ・タブレットを使うか使わないかは、個人が最終的に決めるとしても、その前提として、少なくともそのメリットとリスクをすべての人が知ることができる社会になるべき」(p.148)と主張する。まさにその通りであろうと思う。本書は、自分の時間をスマホ・タブレットではなく紙の本の読書に充てようというメッセージを脳科学の知見に基づき力強く主張するものだが、必ずしも読書推進運動のあり方を論じたものではない。この本書のデータを他の見解や調査結果と合わせて相対化しながら、考え続けていかなければならない。『本を読むだけで脳は若返る』(PHP新書、2023年)より。