『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』/ 村上春樹 #読了 感想及び、色彩をめぐる考察・釈迦の四門出遊の巡礼と四方位の四聖獣の色について
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』/ 村上春樹
白を欠いてしまった青と赤と黒との巡礼
「あなたはナイーブな傷つきやすい少年としてではなく、一人の自立したプロフェッショナルとして、過去と正面から向き合わなくてはいけない。自分が見たいものを見るのではなく、見なくてはならないものを見るのよ。」
そう言って彼女は彼を「巡礼の年」へといざなう。
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自分がこの小説のテーマとして端的に示すのは『邂逅』です。
閉ざしていた過去の記憶との、邂逅。
縁を切られた、過去の親しかった友人達との、邂逅。
自分には無いと思っていた"嫉妬"という感情との、邂逅。
見たいものしか見ていなかった自分が、見なくてはならないものを見る、邂逅。
そういう『邂逅』をめぐる、多崎つくるの巡礼の年であると思った。
"色彩"というこの小説を彩る登場人物達について言えば、
青、赤、白、黒、という色彩を持つ登場人物達は、中国の四神の色と方位に対応していて、
青(青龍・東)、赤(朱雀・南)、白(白虎・西)、黒(玄武・北)、を示しているんじゃないかな、と思った。
そして、色彩を持たないという多崎つくるの名前にも実は色が隠されていて、たざ"き"という一音だけど黄色を示していて、この四神と方位に対応すると、麒麟・黄龍(中心)に該当し、東西南北を繋げる役割を持つ駅を"つくる"という意味があるのかな、と思った。
さらに、
青・青海悦夫 →赤・赤松慶 →(白・白根柚木 )→黒・黒埜恵理、という東南西北の順序の多崎つくるのの巡礼は、仏教の『四門出遊(しもんしゅつゆう)』に対応していて、
家族を持ち年相応に"老"いてるアオ、
大学の学問の世界にも向かず会社勤めにも向かず結婚生活にも向いてないというどこか"病"んでいるアカ、
不可解で謎な非業の"死"を遂げてしまったシロ、
そして北の国で自分の居場所をつくり"生"きてるクロ、
という、老病死を経て解脱≒生にたどり着く、釈迦の"巡礼"をモチーフにしているのかな、と思った。
そして、
主人公の多崎つくるの巡礼が釈迦の巡礼と対応しているのなら、釈迦の巡礼のいやはてに寄り添うのは"沙羅"双樹の花。
木元沙羅、という名前は、まっ"さら"という色彩を持たない名前でもある。また、多崎(たざ"き")つくるが黄色を持つなら、木元("き"もと)沙羅も黄色を持っている。
この小説の登場人物には、多崎つくると木元沙羅の二人だけが色彩を持たないとも言えるし、二人とも黄色を持っているとも言えるし、実に秀逸だ。
また、沙羅双樹は、淡い"黄色"の花を咲かせる樹木である。
言わずもがな、沙羅双樹の花の色は盛者必衰の理を示し、時の流れの中でどんなに仲の良かった人達ともその関係性が変わってゆくこと、時の流れの中で死んでしまってゆく人たちがいるという、この小説の内容を示していると解釈している。
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黒は死者に寄り添う色、死者に祈るための色だ。
物語の終盤、主人公の多崎つくるは最後の巡礼に、フィンランドに住んでいる黒埜恵理と邂逅する。
黒埜恵理は多崎つくるに、自分をもうクロと呼ばないでエリと呼んでほしいと、柚木のこともシロって呼ばないでほしいと言う。
それは、死者である白の色と、死者に寄り添う黒の色の役目を終えたいという意味合いなのではないかな、と思った。
「ねえ、つくる、ひとつだけよく覚えておいて。君は色彩を欠いてなんかいない。そんなのはただの名前に過ぎないんだよ。私たちは確かにそのことでよく君をからかったからけど、みんな意味のない冗談だよ。君はどこまでも立派は、カラフルな多崎つくる君だよ。そして素敵な駅を作り続けている。今では健康な三十六歳の市民で、選挙権を持ち、納税もし、私に会うために一人で飛行機に乗ってフィンランドまで来ることもできる。君に欠けているものは何もない。自信と勇気を持ちなさい。君に必要なのはそれだけだよ。怯えやつまらないプライドのために、大事な人を失ったりしちゃいけない」
ここの黒埜恵理が多崎つくるに最後に話す言葉がとても大好きだ。
このフィンランドでの『邂逅』によって、多崎つくると黒埜恵理はお互いを救い合うことができたのではないかな、と思った。
また、村上春樹作品の中で繰り返し出てくる『冥界下り』のモチーフは、この小説ではフィンランドにいる黒埜恵理への巡礼だと解釈している。
一日中陽が差す白夜と一日中陽が差さない極夜を持つフィンランドは一種の冥界であり、また天国に一番近い場所でもあると、個人的にそう思ってる。
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最後、ハッピーエンドかバッドエンドなのかは分からないけれど、「きっと主人公はちゃんと生きていけるんだろうな」と強く思わせてくれるような、主人公の希求のみの余白あるラストの余韻が凄く好きだ。
すこしノルウェイの森のラストと似ているかも知れない。
残された謎と、余韻と余地
主人公はきっとカラフルなキャンバス
カラーも色褪せる蛍光灯の下
白黒のチェスボードの上で彼は君に出会う。
炎の揺らめきを受け今宵も夢を描くように
彼はきっと駅をつくっている。
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