心なしか、心躍る愉しい悪夢の形 フジモトマサル『〈新版〉夢みごこち』
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心なしか、心躍る愉しい悪夢の形
フジモトマサル『〈新版〉夢みごこち』
■フジモトマサル『〈新版〉夢みごこち』旧版2011年1月・平凡社/新版・解説、村上春樹・2022年3月24日・平凡社。
■短篇連作漫画。
■目次
l 全18話
l 村上春樹「フジモトマサルさんのこと」
■163頁。
■1,700円(税別)。
■2023年7月13日読了。
■採点 ★★★★☆。
目次
1 蜿蜒と続く悪夢
カフカの『変身』*[1]ではあるまいが、目が覚めたら、カモノハシになっている自分を発見する。実は記憶がないのだが、どうも自分は随分と自室に引きこもっていたようだ。で、眼が覚めると、アリクイ(?)のような奇妙な動物になっていて、牢獄にいる自分を発見する。で、眼が覚めるとカンガルーになっていて、墓石を自らどけて、墓穴から出ていく……。
これが、蜿蜒と続くのだ。これを悪夢*[2]*[3]と言わずして、何と言おう。
そして、どうもそれらは、現世に絶望した者たちによる1000年後の未来に向けて冷凍睡眠の中での夢のようでもあるのだ。目が覚めると「地球」(?)は何らかの理由によって、廃墟と化している、という具合だ。
2 心なしか、心躍る悪夢
まさにこれこそ悪夢というしかないのだが、登場する者たちが、全て、愛嬌のある動物になっているせいもあって、心なしか、心躍るのだ。悪夢、とは言ったけれど、ずっと見ていたい、そういう愉しさのある夢なのだ。確かにそれは、現在の生の苦しさの反転とも言えるが、人は、そのような現世の反転を様々な形で考案し、実行することで、自らの生を長らしめてきた、とも言える。漫画もそのような夢の一形式と言ってもいいかも知れない。
3 心の空き地に誘うイラストレイション
フジモトマサルは、元々イラストレイターから出発したことあってか、正直、彼の絵、イラストを見ているだけで、心が微笑む。
それは、単に、いわゆる「かわいい」動物のイラスト、ということだけではない。何か、そこに、人を、孤独に隣接する、何というか、心の空き地のような場所に誘う。そこで、人は、裕かな沈黙の時間、静謐な沈思の空間を受容する。
無論、それは本書でも言えることだが、その典型は、かつて、筑摩書房の刊行するPR誌『ちくま』の表紙を飾っていた「読書の情景」と銘打たれた一連のシリーズ作品だ*[4]。そこで注目すべきはフジモトの絵柄もさることながら、色彩の、正確には、光や影、あるいは雨の落ちる様までも含めた、色合いの美しさだ。門外漢であるわたしには正確には言えないが、その色は、音楽で言えば半音と言ったらいいのか、色絵の具や、色鉛筆などで明示される、はっきりとした赤や青、あるいは緑や茶色、というものではない。明確には何色とは言えぬ、中間色、曖昧な色なのだ。その色合いが人の心を、孤独の方に、愉しませるのだ。素晴らしい、というしかない。
名久井直子の装丁も素晴らしい。カヴァーを取り去ると真っ暗な宇宙空間を漂う、ちっぽけな宇宙船が描かれる。巧みな意匠である。
村上春樹が「解説」、というよりも或る種の追悼文を寄せている*[5]。Web上での質問サイト「村上さんのところ」*[6]での、やはり素晴らしいイラストや漫画がとてもよかっただけに、村上自身も、まさに困惑とでも言うべき状況に陥ったことが分かる。
全く惜しいイラストレイターを亡くしたものだ。とても残念だ。
是非、フジモトの画業が散逸しないように、何らかの、全集のような形でまとめてもらい。
参照文献
カフカフランツ. (1915年). 『変身』. クルト・ヴォルフ社.
フジモトマサル. (2011年/2022年). 『〈新版〉 夢みごこち』. 平凡社.
フジモトマサル, 他. (2020年). 『フジモトマサルの仕事』. (コロナ・ブックス編集部, 編) コロナ・ブックス(平凡社).
吉田篤弘, フジモトマサル. (2006年). 『という、はなし』. 筑摩書房.
小池圭一. (1986年). 『SPINOZA』全2巻. 作品社.
小池圭一. (2003年). 『HEAVEN'S DOOR』. エンターブレイン.
村上春樹, フジモトマサル. (2015年). 『村上さんのところ』. 新潮社.
平井和正. (1973年). 『悪夢のかたち』. ハヤカワ文庫JA.
平井和正. (1979-1983年). 『幻魔大戦』全20巻. 角川文庫 .
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2,409字(7枚)
20230730
*[1] [カフカ, 1915年]。
*[2] 蜿蜒と悪夢が続く設定の小説などは他にも存在すると思うが、『幻魔大戦』 [平井, 『幻魔大戦』全20巻, 1979-1983年]などで知られる、SF作家の平井和正の初期の短篇に、文字通り「悪夢のかたち」という作品がある [平井, 1973年]。
*[3] 夢、という枠を取っ払って、場面が次から次へと転換されていくのは、かつて、一部の読者に熱狂的に支持された、小池圭一の『SPINOZA』 [小池, 1986年]を思い起こさせる。無論、哲学者のスピノザとは全く関係ない。因みに、小池は16歳という当時最年少で手塚賞を受賞したことでも知られている。と、くれば、荒木飛呂彦の『岸辺露伴は動かない』の漫画家・岸辺露伴も16歳から漫画家デビューをしていることが想起される。彼のスタンド能力は人の過去の記憶を本のかたちにして読む「ヘヴンズ・ドア」だが、小池にも、全く内容は無関係だが、『HEAVEN‘S DOOR』という短編集が存在する。単なる偶然か?
*[4] [吉田 フジモト, 2006年]にまとめられている。
*[5] 村上はこれより前に、フジモトの追悼作品集『フジモトマサルの仕事』 [フジモト 他, 『フジモトマサルの仕事』, 2020年]にも、本書収録のものと同じ題名ではあるが、若干内容の異なる追悼文を寄せている。
*[6] [村上 フジモト, 2015年]。