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2018年冬アニメ感想 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

 今期アニメの中で、異様さすら感じさせる作品がある。それがこれ、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』だ。2017年にPVが公開されたが、そこで紹介されたビジュアルは、テレビシリーズの絵とは思えないほど緻密で壮麗なものだった。
 2017年『小林さんちのメイドラゴン』を制作して以降、テレビよりも劇場に集中していた京都アニメーションが何を作ろうとしているのか。そういう意味でも注目していた作品だ。

 ストーリーを大雑把にまとめると、戦争の道具として兵器として育てられた少女、ヴァイオレットが「愛」の意味を知るために代筆屋の仕事を始める。……とあらすじを聞くと、まあありがちなストーリーと言えなくもないが、ファンタジーの背景と、「自動手記人形」という架空の職業、それにヴァイオレットのプロフィールがピタリをハマっている。映像もどこまでも緻密に、架空だがヴァイオレットを取り巻く風景が実在感あるものとしてしっかり描かれている。キャラクター作画も素晴らしい。
 物語はそもそも感情らしいものが何もないヴァイオレットが「代書」の仕事を通じて、少しずつ人の心を理解し、自身の心も理解していく。エピソードごとに語られていくドラマとヴァイオレットとの成長が結びつき、優れたドラマを紡ぎ上げている。

 監督は石立太一。『境界の彼方』で初めて監督を務め、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が監督2作目の作品となる。
 作画は今回が初めてキャラクターデザイン、作画監督に抜擢された高瀬亜貴子だ。新人であるが、京都アニメのレジェンド級アニメーターと肩を並べられるほどの優れた仕事をやり遂げた。新人にここまでのドラマ大作を任せるのはほとんど無茶ぶりレベルの話だが、見事な完成度に仕上げた。
 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は異様なほど線が細かい。顔回りでも恐ろしく繊細で、1枚描くのにどれくらいかかるのだろう……と思うほどだ。線の細かさは全身に及び、特に足回り。ブーツの編み上げ。アニメを見て「これマジか……」と思ったが、動いていてもこの編み上げの線がぜんぜんブレない。ここまでの完璧さを見ると、ただ圧倒され、感心するしかない。

左:『氷菓』千反田える ……かわいいなぁ。
右:『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』
 キャラクターの話でちょっと余談。
 ヴァイオレットの“鼻”を見て、ああ、これは90年代頃のアニメの鼻だ、と思った。影のところを実線で囲ってしまう描き方。こういう絵の描き方は懐かしい。
 私はアニメのデザイン史について詳しくないが、90年代頃……いや2000年代初頭までは美少女キャラでもまだ鼻はくっきり描かれていたように思える。しかしその後鼻への虐待が進み、気付けば“点”になっていた(アニメキャラの“鼻史”をまとめている人はいないだろうか)。
 まるで芥川龍之介の『鼻』のような話だが、ヴァイオレットは久し振りに見た、「美少女のくっきり鼻」だ。
 それで、だから何……という話だが。

 もう1つ気になるのは、ヴァイオレットの身体の描き方。ヴァイオレットはおそらく14歳だろう……と設定されているが、身長はかなり高く見える。これまでの京都アニメなら、間違いなくもっと身長は低く、頭身も低く描かれただろう。京都アニメは少年少女をより幼く、可愛らしく描いてきた。そう考えると、ずいぶん思い切った絵のように思える。
 もしかしたら……世界公開されることが意識されていたのだろうか。日本人は基本的に幼い。30代のオッサンでも、西洋へ行くと学生だと思われるくらいだ。アニメキャラクターになると、さらに幼く描く傾向がある。
 アニメキャラクター、アニメヒーローを幼く描くのは、日本人がずっと子供のヒーローを描いてきた伝統があるからだ。戦後アニメの『鉄腕アトム』もあるが、その以前から、『桃太郎』や『一寸法師』『金太郎』など、民話の世界から子供のヒーロー、小人のヒーローをずっと語り継ぎ、愛してきた。
 日本ではそういう伝統があってアニメキャラも幼く描いてきたが、これは世界では通用しない。西洋の人達が日本のアニメを見たとき、まず思うのは「主人公が幼すぎる」。しかし、可愛らしいキャラクターが巨悪と戦うシリアスなストーリーが展開されるので、「そういうギャグだ」と思い込む。日本のアニメに初めて接した西洋人がまず最初に見せる反応は「笑い」だ……と、板越ジョージの本に書いてあった。
 もしかしたら、そういう戸惑いを緩めるために、ヴァイオレットを今までの京アニキャラクターよりも長身に描かれたのかも知れない。……と、いうのは私の思い込みの話かもしれないが。

左:フェルメール『手紙を書く女と召使』
右:『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』
 手紙モチーフといえばフェルメール。たまたま似た感じになった、ではなく意識していたのだろうと思う。


 ストーリーに驚いたのは第2話だ。ヴァイオレットが「代書」の仕事を始める最初の頃のエピソード。
 そこに「自動車会社を立ち上げた彼がいるの」という女がやってくる。ブリジットという名前だ。派手な格好で、いかにも軽やかに生きている……そんな感じの女だ。しかし、手元がクローズアップされると、赤く晴れて傷だらけの指。見た目は派手に着飾っているが、生活は相応の苦労をしているのだ。
 だが、その辺りの話はぜんぜん紹介されない。端的に、絵として示されるだけだ。
 結果的に、ヴァイオレットの無神経な手紙によって縁談話はご破算になる。ブリジットは泣いて怒る。もしかしたらブリジットにとって、生活そのものを変えるチャンスだったかも知れない……。ブリジットは自分の人生まで軽く考えていなかったのだ。このチャンスを確実のものにするために、自動人形サービスに頼った……が、ヴァイオレットが全て台無しにした。
 物語の中で、そういった細かい経緯は語られないが、そのように端々に描かれる人物のプロフィールを想像させる描写が随所に込められている。単に線が細かいというだけではなく、線の中に人物の歴史が描かれている。アニメはシンプルに“キャラクタ”であることを前に押し出しがちだから、こんなふうに奥行きを描いてくる作品は珍しい。
 第2話ラスト、クラウディアが「あいつはもう戻って来ない」と語る。この台詞の直前、口元のクローズアップがあり、感情を飲み込み、それから台詞——だがこの台詞にはあえて力を込めていない。テロップが入るから、というのもあるかも知れないが、アニメで台詞から感情を抜く、という演出はなかなか珍しい。思い切っている。

 3話、4話ともに秀逸だったが、やはり素晴らしかったのは第5話。成長したヴァイオレットにとっての最初の課題にして難題。「恋文」を書くミッションだ。ドロッセル王国王女の恋文を代筆する。
 「愛と何か?」——第1話に示された課題に対する、最初のアンサーとなるエピソーだ。
 ヴァイオレットは王女シャルロッテの感情を汲み取り、言葉に置き換えるだけではなく、思いがけない英断——途中から自分で書かせる、という提案をする。代筆屋が書いた丁寧に整えられた言葉ではなヴァイオレット・エヴァーガーデン 5話く、王女自身の剥き出しの感情を手紙に載せる。代書屋が書いた言葉よりも、本人の言葉のほうがより強く気持ちを伝えられる……そこに行き着いたヴァイオレットに成長が感じられる。
 エピソードの最後、シャルロッテが侍女アルベルタに感謝を示すために、その前に跪く。その光景はただただ美しい。今期アニメの中でもベストなワンシーンだ。


 引っ掛かるのはそれ以降のエピソード。第5話を境に、はっきり感情を見せるようになっていったヴァイオレット。変化は見られるし、エピソードそのものは素晴らしかったのだが、作劇がどうにも平坦に感じられる。
 第6話と第7話。どちらのエピソードも、自身のプロフィールについてただ台詞で語られるだけ。設定説明を聞いているようだった。第7話の青い傘が出てくる流れは、あまり自然ではない、わざとらしさを感じる。「手紙」というファクターがあまり絡まない。機械の手を見せて驚く……という段取りはここまでくるともう繰り返さなくてもいいんじゃないだろうか。
 エピソードを経て、様々な感情を知るヴァイオレット……その末に、過去の過ちにも気付いてしまう。この辺りの流れは決して悪くないが、個々のエピソードとの関連性が見えづらい。各話のエピソードとヴァイオレットの感情との結びつきが弱く感じられる(架空の物語に感情移入する……という展開自体は良い。ここから自分の過去の過ちに気付く展開は関連が考えられるが、物語中に示されていないのが惜しい)。

 第8話は過去の話……。ヴァイオレットがまさしく道具であり兵器だった頃の話。軍人だった頃の話だが、映像の作りに奥行きが感じられない。ここまでものすごい密度で徹底的に背景が描かれてきたのに、軍隊描写、戦闘の場面が妙にふわふわしている。
 といっても、ここは本当に描くのが難しいところ。ミリタリ関連は調べるのもしんどいし、書くのもしんどい。しかしこういう作品だからこそ、しっかり描いてほしかった感はある。
 構図の作りも平坦で、バストショット、クローズアップという流れが何度も繰り返されるし、キャラクターがやや斜めに見える俯瞰ショットも多すぎる(私は「絵巻物構図」と呼んでいる)。
 続く第9話はストーリーそのものは素晴らしかったが、ミリタリ描写は相変わらずふわふわしているし、カットが「足だけ」でオフ台詞とか……。「足だけ」は第1話からあって気になってはいたけれども、第8話のドラマとして強く描かれるべきシーンに「足だけ」は……。京アニは作画で語れる画を作れるのだから、こここそしっかり描いてほしかった。

 10話以降。劇的な変化が現れるのは、ヴァイオレットの演技。いつもの事務的な言葉遣いだが、はっきり体温が感じられる。石川由衣はミカサや2Bで、「感情のピントのぼやけたキャラクター」を演じ続けてきたのだが、ヴァイオレットはその中でもベストな演技を見せている。
 10話以降のヴァイオレットは前半部分と打って変わって、感情豊かな人間になってしまう。感情の強さゆえに、使命も持ってしまう。
 ただ、やはり軍事関係の描写の弱さ、アクションの弱さ。日常に接地したドラマは見事というしかないくらい素晴らしいものができているのに、これが大きな世界観が絡むシーンとなると、途端に緩くなる。設定の作り込みも、ドラマの奥行きも。軍人の動きがいちいちもたもたするし、無駄話はするし……緊迫感がない。後半に向けた大きなクライマックスが描き切れていなくて、惜しい感じの残る作品だった。


こちらの記事は、私のブログからの転載です。元記事はこちら→2018年冬アニメ感想 後編

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とらつぐみ
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