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生放送
先日、河童がテレビの生放送に出ていた。
スタジオに設置されたキッチンの前でエプロンを着けた河童は、司会の男性からの「今日はどういったチャレンジをされるんですか?」という問いに対して、
「今日は頭の上にある皿の水が乾くまでに3品の料理を作ります」
と答えた。最近、料理研究家が限られた時間の中で複数の品数を作る様をテレビでよく見るが、河童がそれをやっているのは見たことがない。ていうか、「皿の水が乾くまで」と言ったが、河童は皿の水が乾いたら死んでしまうはず。何故、命を懸けてまで3品の料理を作るのかわからないが、河童は何かを覚悟した者の目をしていた。
「ぷぉーん」という気の抜けた音を合図に調理時間が始まると、河童は「シチューを作ります」と言ってジャガイモを切り始めた。こんなにも命を懸けた場面で時間のかかる煮込み料理を選ぶとはよほどこのチャレンジに自信があるのだろう。ただ、河童の様子を見ていても、包丁さばきがとても危なっかしい上、レシピを思い出すために何度もフリーズして時間をロスしていた。シチューを煮込む時間だってその間に他の料理を作ればいいのに河童は寸胴に入ったシチューの様子を直立不動で見つめ続けていたのである。
河童に焦りの色は全く見られないが、その間も容赦なく撮影用のライトが河童の頭上を照らし続け、お皿の水はとんでもないスピードで目減りしていた。もしかしたら、河童は撮影用のライトによって普段よりもお皿の水が乾きやすいことに気付いていないのかもしれない。私はテレビの前で「早く2品目を作ってくれ」と願っていたのであるが、河童に2品目を作る気配はなく、相変わらず煮込まれるシチューを馬鹿みたいに見つめていた。
「このままでは河童が死んでしまう」
私の心は恐怖でいっぱいになった。思えば先日もクイズ番組で正解できなかった河童が頭上に「たらい」を落とされ、頭の皿が割れるという悲しい事故が起きたばかりである。二度とこのような事故は起こしてはならない。
そして河童を救いたい思いはみんな同じなのだろう。生放送のテレビ画面の下部には番組公式のハッシュタグを付けて呟いたSNSでのコメントが表示されるのだが、そこでも
「早く2品目を」
「2品目」
「時間がないです。2品目を」
との必死なコメントで溢れていた。私はそれらのコメントを読んで胸が熱くなり涙が溢れそうになったが、当の河童はシチューを見つめては時折焦げないように寸胴の中をゆっくりかき混ぜるなどしていた。
(虚偽エッセイ集「ふわふわの狼煙」収録)