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イチローが語る「頭の使わない野球」データ偏重の野球に警鐘を鳴らした理由とは?
近年、プロ野球の間で顕著になっているデータ野球について、日本・メジャーで活躍したイチローさんと松井秀喜さんが番組にてデータ偏重の野球に警鐘を鳴らした事が一時ネットで話題となりました。
以前からイチローさんはデータ野球について危惧していましたが、番組では松井秀喜さんの方から端を発していた事も話題の一つになったように思います。
この記事では、番組の内容を踏まえてデータ野球について考察していきたいと思います。
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イチロー、松井秀喜が語ったデータ野球
「今のメジャーの試合見て、ストレス溜まりませんか?」
端を発したのは松井秀喜さんでした。それに即答し、イチローさんは
「溜まる溜まる。めちゃくちゃ溜まるよ。退屈な野球」
と返しています。
松井「打順の意味とか、薄れちゃってますよねぇ」
イチロー「それぞれの役割が全くないもんね。怖いのは日本が何年か遅れでそれを追っていくので、危ないよね、この流れは」
引退会見の時に既にイチローさんはデータ偏重の野球について警鐘を鳴らしていましたが、松井秀喜さんも今のデータ野球について思うところがあったよう。
では、二人が感じている今のデータ野球とは一体なにか。
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頭を使わない野球
イチローさんは引退会見の時に既にデータ偏重の野球について警鐘を鳴らしており、「頭を使わない野球」と厳しい言葉を投げかけていました。
では、その頭を使わない野球とはなにか。
ここ数年、メジャーの野球はプレーが細かく分析され、その分析結果を元に一つ一つのプレーが決まるようになった事で、選手たちは分析結果に従って投げ、打ち、守る事が求められるようになりました。
その結果、データが示す答え以外の選択肢を考える機会がなくなり、イチローさんはそれを「頭を使わない野球」と表現しました。
また、イチローさんはこうした言葉を残しています。
「2アウト三塁で僕なんかはよく使っているテクニックだけれど、速い球をショートの後ろに詰まらせて落とすという技術は確実に存在するわけで、でも今のメジャーの中での評価は、チームによってはそこで1点が入ることよりも、その球を真芯で捉えてセンターライナーのほうが、評価が高い。ばがげている。ありえないよ、そんな事。野球が頭を使わない競技になっているのは、野球界として憂うべくポイントだわね」
わざと詰まらせてショートの後ろに打つといった芸当を例に出す辺り、流石イチローさんですが、ここで言いたいのは、
「芯で捉えるだけが打撃ではない」という事ではないでしょうか。
イチローさんの例ほど極端ではなくとも、ヒットにする技術というのは本来、選手の数だけ存在する筈です。
悪球打ちなどもある種、技術の一つです。
しかし、データによって求められるプレーが決まってしまうと、悪球打ちの技術はなくなってしまいます。
それは一つの技術の喪失であり、個性の喪失とも言えます。
データ通りにプレーする事によって、指向性が絞られ、決まった型しか存在しなくなる恐れがあるのが今のデータ野球で、イチローさんが危惧しているのは、そうした技術の喪失にあるのではないでしょうか。
しかし勿論、データ野球は悪い側面ばかりではなく、データによって選手の能力が多角的に数値化された事で、技術習得のプロセスを大幅に短縮し、誰でも高度な技術を身に付けられるようになりました。
テクノロジーの発展によって生まれた才能で言えばトレバー・バウアー投手が挙げられます。
バウアー投手は動作解析によって自身のフォームを修正し、得意分野である物理学の知識とスタットキャストを用いてボールを一つ一つ見直した結果、才能を開花させました。
このようにデータを上手く取り込んでモノにした選手もおり、データ自体は選手の可能性を広げるものであると思います。
ただ、試行錯誤なく最短ルートで技術を身に付けられる現代の野球についてダルビッシュ投手は「つまらない」ともコメントしており、データによって知り過ぎる事が野球の面白さを損ねるという見方もあります。
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「頭を使わない」ではなく、頭の使い方が変わった?
データによって決められたプレーを遂行するメジャーの野球を「頭を使わない野球と」イチローさんは語りましたが、
メジャーの選手はコンディション調整よりもデータ分析に時間を費やしていると言われており、相手チームの研究に余念がありません。
この事から、メジャーの野球は「頭を使わない」のではなく、「頭の使い方が変わった」と取れるのではないでしょうか。
AIの活用が一般化される時代において日本とアメリカとでは今後、重要視されている能力が違っており、
日本の場合、人間関係やコミュニケーション能力が重要視されるのに対し
アメリカでは論理的思考・分析能力などが重要視されると言われています。
そうした価値観や文化の違いが野球にも反映されているように思います。
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日本の野球はどうあるべきか イチローが説く「感性」
番組のインタビューで、データ野球で
「失われるものがあるとしたら?」という質問に対し、イチローさんは「感性」と答えました。
「目に見えないもので大事な事は一杯ある」とイチローさんは言います。
「目に見えない技術がある」とも。
では、その目に見えない技術とは一体なにか。
イチローさんは母校である愛工大名電高を訪れ、臨時指導をした際にその一例が示されました。
走塁練習の際、外野フライが上がった時のランナーの打球判断をどのようにしているか部員たちの動きを見ていると、足をステップさせながら打球の行方を見ている事に気付いたイチローさんは、腰を落として足を止めた姿勢で打球判断をするように指導しました。
「みんな、迷った時どう判断してる?どういう状態で判断してる?こういう感じじゃない?(跳ねながら打球を確認する動作を見せる)。左右にバランスを取ってる感じ。これも判断迷わすから。
打球判断の事を考えれば、必ず止まる。打つ事、守る事、走る事。鍛えれば出来る事。でも打球判断はそうじゃない。だから出来るだけシンプルに止まって判断。
このデータはある?愛工大名電のデータ上で出てる? こうした方が(ステップした方が)いいデータ出てる?出てないでしょ?これだけの施設があるのに。判断難しいでしょ」
愛工大名電野球部はデータを収集する最新鋭の機材が取り揃えられており、恵まれた環境にあるのですが、それを踏まえてイチローさんは自ら考える事でしか得られない技術はあるのだと教えてくれています。
このように、データは全ての情報を網羅している訳ではありません。自ら考え、行動する事でしか得られない情報というのは確かに存在します。
それこそ、イチローさんが大切にする「感性」によって得られるものです。
また、現場の感覚を大事にしている新庄監督も、監督就任前に書いた著書でこんな発言をしています。
「僕の仕事は、試合の流れや選手の様子を見ながら、何を感じて、どう動くかという事。たとえば、ピッチャーとバッターの過去の対戦成績があったとしても、その日の両者の調子を見れば、数字通りの結果にならない事もある。ピッチャーの肩の開き具合を見て、球が走ってないぶん逆に抑える可能性があるとか、多少振り遅れ気味のバッターの方がこのピッチャーは打てるとか、そういった感覚をどんどん磨く事が、セオリー通りではない新しい野球に繋がる」
データにはメンタルが反映されていませんし、選手のコンディションやメンタルを見極める能力は大切なように思います。
実際、新庄監督は監督として選手とコミュニケーションを取るのが上手く、選手の見極めと適正を見出す観察眼に優れており、若手主体のチームで一気に2位へと押し上げました。
データが席巻する中、新庄監督の野球観は将来の行く末を捉えているようにも思えますが、果たして。
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今後、野球界はどうなっていく?
データ全盛の時代ですが、このままデータ野球が席巻する事となるのか。
これについては、再び選手主導の時代が訪れる可能性があるように思います。
データ偏重が野球をつまらなくするという側面は確実に存在していて、その一例が『極端な守備シフト』。
過去、メジャーでは外野手が内野近くを守ったり、三塁手が二遊間寄りに守ったり極端な守備シフトを敷いていた事がありました。
極端な守備シフトの効果は覿面で、
打者の打率は下がり、ホームランか三振か四球かの大味な野球となり、面白さを損ねる事態に。
また、選手側の意見から
「シフトは才能ある守備の名手から、技術を披露する機会を奪っている」
として、データによって選手の才能が失われているとの声も出ています。
本来、試合の勝敗を決するのはデータの分析力ではなく、選手のプレーであるべきだと思いますし、極端な守備シフトの禁止は妥当な判断かと思われますが、このようにデータの介入によって技術が失われるという事は他にもあり、AI審判によるフレーミングの喪失やデータ主導によるリードの重要度の低下。
また、ユーチューブ動画にて前ホークス監督の藤本博史さん、池田親興さん、高橋慶彦さんの三人で行われた対談にて、今の打者のバッティング技術について話題に上がった時、興味深い会話が交わされました。
高橋「今は機械的になってるけど、技術向上ができてない。自分の身体やバットをどう使えば上手くいくのか付いていってないと思うよ」
池田「今は技術ではなく筋力に置き換わってる」
高橋「一番大事な人間の脳とバットを持った時の筋肉をどう扱うかのトレーニングができてない」
池田「技術って感覚的な事じゃないですか。数値化されてない事を聞くのって難しくなってる時代なんじゃないですか」
高橋「ボールがこのくらい曲がるんですよとなった場合、俺たちは技術があるからバットのヘッドを遅らせたら詰まらないようにできるけど、今は振る事しか覚えてないから詰まってしまうんですよ」
イチローさんが番組で「目に見える数字だけを信じるようになる」と危惧した発言に通ずるものがあるように思います。
メジャーでは打球角度がこうだったらホームランになる、スイングスピード何キロ以上ならヒットになる確率が上がるなど、データで数値化された事で選手たちは単純にスピードを追い求めるようになって、技術的な部分があまり重要でなくなりつつあります。
より速いボールを投げる、速い打球を打つ事が重視されるとなると、身体能力の高い選手ばかりが生き残り、技術力のある選手は淘汰されていく可能性があるのではないでしょうか。
そうなった時、野球という競技が単調で面白みに欠ける事に繋がりかねませんし、そうした野球本来の面白さを取り戻す為にも、再び技術力がクローズアップされる日は来るのではないでしょうか。
技術の多様化は、戦術面においても多彩なチームカラーを作り、多様な野球文化を生む事に繋がりますし面白い野球を見せる事ができるでしょうから、技術継承やその文化を推し進める事は見る側にとってもプレーする側にとってもプラスになるのではないでしょうか。
今の時代において、データは切っても切り離せない存在で、大いに活用すべき存在ではありますが、データに支配され、野球の持つ本来の面白さや本質を失う事は避けてもらいたいところ。
今後もデータとの付き合い方について、議論を重ねていって欲しいですね。