〔ねこねこ小説〕スキーとよしおのエレジー③
その四 チビだったスキー
よしおが名付けた名前、スキーについて。
誰からも(妻ですら)聞かれないので、誰にも言ってないが、一応由来がある(大袈裟だか)。
(どうせ大したことない理由だろ)
スキー自体、この名前を気に入ってはないが、嫌いでもない。そもそも名前を付けてもらうなど思ってもなかった。
スキーは漁港近くの住宅地で保護された。お腹をすかし、トボトボと歩いていた。小さいながら、なんとなく先を見据えていた。
(動けないところをカラスにやられるかな)
やられるなら、意識を失ってからがいいなと思いながら、意識を失い倒れた。気がついたら人間の家にいた。そこには、大人の同僚(猫)が3匹いた。
(ついてたな、チビよ)
最初の呼び名だった。
疎外感は漁港にいた時と変わらない。
猫同士が必ずしも仲がいいとは限らない。そう思ってるのは人間だけである。
(自分たちを棚に上げて)
3匹の猫とは、距離を置いた。その家に住む人間とも。馴れ馴れしくすることが嫌われる理由になることを、スキーは本能で知っていた。その家にはこたつがあったが、乗ると怒られた。背中の皮を握られて、下に降ろされる。背中は痛くなかったが、心がザワザワした。
(人間がその気になったら)
敵わない。捨てたくなったらそうされる。
(逆らわないのが1番さ)
大人猫が指南してくる。確かにご飯にも暖かい寝床にもありつける。引き換えに生き方の幅がみるみる狭くなった気がした。
迎えにきたよしおの家での生活は、少し違った。理想など求めたことはなく、別に漁港をさまよっていた生活がつらかったとも思わない。でも、暗闇で周囲を警戒しながら眠る(=孤独)のは、宇宙に放り出されたみたいで、心に不安が寄生する。
よしおとその妻は、本当によく話しかけてくる。うっとうしいが、孤独は感じない。
その五 めずらしく自分で決めたよしお
スキーという人物名は、THA BLUE HERBの2ndアルバムに収録されている「路上」という曲に登場する。この曲は、ネパールの首都カトマンズでドラッグディーラーをやっている貧しい若者の物語をうたっており、主人公はスキーの一派に入っている。スキーは18歳で四つの交差点を支配している成り上がりとして描かれているが、よしおはそこは考えずに、この曲に感銘を受け、呼びやすさもあり、めずらしく妻にも相談せずこの名前をつけた。
よしおがこの曲を愛するのは、貧国ネパールの人々を描く生々しさに心を揺り動かされるから。
「8歳でガンジャを吸う弟」
「娼婦がレストランの窓を覗き込む。客にもらった
治らない風邪に咳き込む」
「笑わない妹、落ちない泥」
「弱者で満載の水が漏るボート」
この曲に魅了された人間がつけた名前に、そのことを知らない当のスキーが何かを感じることはない。
(何か考えてつけたんだろうな)
悪い気はしていない。