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寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第1回 アイルランド篇 ――(12)

(11)世界で最も美しいとされる本と図書館(下) からのつづき

アイルランド篇――
(12)公共交通乗り放題カードで気の向くまままに


それから3日間は、観光に追われる旅行者ではなくハーヴェイ家の下宿人のような気分でのんびりダブリン滞在を楽しんだ。

朝、ベッド脇の窓から雨が見えたら、午前中は部屋でゴロゴロしながら読書する。1日にすべての空模様があるほどダブリンの天気は頻繁に変わり、朝降っていても1日中続くことはない。お腹がすいたら出かけ、良さそうな店を見つけてランチを食べたあと、足の向くまま見どころを回る。ひとり旅ならでは贅沢だなぁと思う。

ジョイスいわく "ダブリンは実に狭い市(まち)だ”(「下宿屋」/『ダブリナーズ』所収)。
リープカードをポケットに入れ、バスや路面電車を細かく乗り降りすれば市内のたいていの見どころはほとんど歩くことさえなく回れる。
なに、間違ったとしてもそこでバスを降り、次に来た別の番号の便に乗ればいいだけ。地図と車窓を交互に見ながら、ちびちびと乗り継げば不思議と目的地にたどり着く。

ダブリン中心街のなにげない通り。
映画館と一体になったこの建物内の感じのよいカフェバーで2日間続けてランチを食べた


日々募るダブリン愛に導かれて訪ねたのは、アイルランドの古代から中世までの歴史を等身大の人形を使った場面再現などで紹介する『ダブリニア』だ。
驚いたのは、人身売買、ペストやハンセン病の流行、差別、人権なき時代の残酷な刑場などアイルランドの暗黒の歴史を隠すことなく、むしろそれらを前面に打ち出した構成になっていたこと。
鉄の首輪をつけられ人身売買される子どもや、公開処刑場で人々の投石によって殺される罪人の姿などギョッとするシーンも少なくないけど、史実を史実として隠さず、差別や人権蹂躙のすさまじさを内外に伝える姿勢に敬服する。
地元子どもたちの社会科見学の場としても人気なのだそう。人権に対するアイルランド人さらには欧州人の強い希求は、暗黒の史実が教育や文化を通じて明確に継承されてきたからだろう。

夕方、『ダブリニア』でなんとなく張り詰めた気分をほどこうと、バスと路面電車を乗り継ぎ(といってもほんの数十分)ダブリン港を見に行く。

映える景色を見たかったわけじゃない。
予想通り、リフィ川の河口にそってコンテナが積まれたコンクリートの護岸の向こうに貿易船と灰色のダブリン港、というパッとしない景色が広がっているだけ。それでも心に風が吹き渡り、気分が変わった。

再び『ダブリナーズ』所収の一編を思い出す。
鬱屈を抱えた少年2人が学校をサボって出かけ、子どもを狙う犯罪者かもしれない男に加害されそうになった『出会い』の舞台として描かれたリフィ川河口のさびしい景色はこの辺りだったろうか、と。

1348年(とうさん死んじゃヤダ)ペスト流行を展示する『ダブリニア』の展示室。
人口の半分が亡くなった、とある(撮影可エリア)


(13)街との再会。あるだろうか残りの人生に(上) へつづく

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