とらぶた自習室 (18) 勉強メモ 野口良平『幕末的思考』第2部「内戦」第4章-1~3(細かいメモ)
野口良平『幕末的思考』みすず書房
第2部「内戦」 第4章「未成の第二極」1~3
細かいメモ
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(筆)栗林佐知
2023年6月7日のメモ
きのう大まかに書いたことの、さらに書き留めておきたい細かいことどもをメモします。
【目次】
■中江兆民とルソー
■西郷に希望を託した若者たち
■会津藩士たち
■増田栄太郎と福沢諭吉
■中江兆民とルソー
中江兆民は、大久保に直談判して(司馬遼太郎『翔ぶが如く』で、中江青年が大久保の馬車を追いかけて、乗せてもらいながら売り込みをするシーン、印象的ですね。なんか、長い小説の中に、二回くらい同じシーンが出てきたような)岩倉使節団に随行する留学生としてフランスに学ぶ。
兆民はフランスでルソーの『社会契約論』に目を拓かれ、これを訳して日本に紹介するが……
まず、ルソーの思想とは。
ルソーの最初の著書『人間不平等起源論』では、「すべての人間が本来平等である」という。我々をつないでいる身分制度の鎖を解き放て! と。
(高校生の時、これを聞いてときめいた。平等だったのか! しらんかった! 生まれつき高級な人と、わたしのようなどうしようもないのがいて、そういうことは運命的に決められているのだと思っていた! 民主主義の時代に生きてる私でさえそう思うのに、身分制度の時代に生まれてそんなことを考えたルソーって天才だ! と)
だけど、どうだろう。
どこまでも自由だとしたら、力が強かったり悪知恵が働いて良心のかけらもない人が、気の弱い人や体の弱い人を押しのけて、奴隷にしたりエジキにしたりするのも自由、ってことになる。
そしたら弱い者には勝ち目のない地獄になる(今の日本のようですね)。
この状態を、ホッブスは「自然状態」といって指摘した。
ルソーはこれに答えるべく?『社会契約論』(『人間不平等起源論』の七年後)を書く。
強くて悪い者が好き放題する自由は、やっぱ困る。
で、こうまとめたそうだ。
《人間は、ルール(鎖)なしには自分を自由にする力を持たない。ルールには、正当化しうるもの(鎖)と、そうでないものとがある。》p176
その正当化しうる鎖とは、力ではなく約束。(じーん)
《正当化しうるルールの源泉とは、各人が自己保存と自己への顧慮を手放すことなしに、すべての人と利益を共有しうる結社の創設への合意(convention)すなわち「社会契約」である。》
しかし、難問が!
「えー。おれ強くて頭いいいから、好き放題してても困らない。ルールなんか従いたくないんだけど。自由がいい」という横暴な人たち(往々にして世の中の主流になる)を、どうやって約束の席につかせうるか。
→ルソーは「立法者」というスーパーマンの存在を考え出して、この人になんとかさせようとしている。
→中江も自分で考えた。やっぱり答えは出ないけど、徳が高くて強い立法者と、その補佐役がいたらいい!とこのとき考えたそうだ。
そして、この立法者が西郷さんで、補佐役がオレ!
でも、中江の「フランスすばらしい!」は、航海中のベトナムでかげる。
人権に目覚めたはずのフランス人が、ベトナム人に酷いあしらいをしている!
「人権を考え出したのはヨーロッパ人だが、実行するのはアジア人だ!」
しかしさあ、どうやって実現する? (むずい)
■西郷に希望を托した若者たち
大久保たちの裏技を使ったやり方に敗れ、野に降った西郷。
(私としては、やめんでほしかった)
久保たちのごり押し近代化(武士の禄を奪い、藩をなくし、誇りだった刀を強制的にやめさせ……)に異議申し立てせんという旧士族たちが、方々で叛乱を起こす。
(反乱者の一人、江藤新平のことももう少し知りたいなあ)
このころ、西郷は、慕ってきた子分たちと共に鹿児島で私学校を開いていた。
西郷自身は、ことを起こすことに対して慎重だったようだけど、 結局、大軍を率いて、東京へ押しかけ政府のやり方をあらためさせようと「挙兵」。
鹿児島を出発。でも熊本で負けてしまい……。
明治10年9月、よくドラマに出てくる最期をとげる。
この節で、私が胸を衝かれたのは、中江兆民世代の、ほんとに有望な人(小倉処平、宮崎八郎)、 迷える青年(増田栄太郎)らの戦死だ。
【小倉処平】
小倉処平は、 日向飫肥藩の仲間たちをひきいて西郷軍に参じた人望ある人。
かつては藩主に留学制度を進言し、選抜した青年たちを率いて長崎に学ぶ。のちロンドンにも留学。
《英国仕込みの自由主義者であり、中央政府による急進的な近代化とは異なる、もう一つの近代化の可能性を探っていた人物だった。》p183
(滂沱)
【宮崎八郎】
宮崎八郎は、熊本荒尾村の庄屋の次男(実質長男)。
《人民の擁護者を任じる家風の中で育てられた》p179
(中岡慎太郎みたいね)
八郎は、はじめは、列強の理不尽への怒りや、政府の強引さへの不満から、征韓論に熱中し、征台義勇軍を組織するなど、物騒な感じだったが、中江訳『社会契約論』に目を拓かれる。
それがどうして、西郷の武装蜂起に参加?
→「キミの考えは西郷とは違うじゃないか、どうして西郷軍へ?」と聞かれて、
「西郷を助けて政府を倒してから、西郷を倒すんじゃ」
(西郷軍に身を投じた若者には、こういう人が多かったようだ)
けれども、どちらもならぬまま、戦死。
その克明な日記は、預かった人が川の徒渉に失敗して永遠に喪失してしまったと。
(……このシーン、小説のよう。読んでいて、川の畔に立ち尽くしたような気持ちになった)
■会津藩士たち
いっぽう、熊本で西郷軍を果敢に防いだ政府軍には、多くの有能な旧会津藩士が加わっていたことも記される。
戊辰戦争で「負け」、極寒不毛の斗南藩へ送られたのち、一族を率いて新政府の警視庁に出仕した、元会津藩家老の佐川官兵衛は、阿蘇山麓で戦死。(そんな……)
同じく元家老の山川浩は、西郷軍に囲まれた熊本城を後巻きして救出する。
いっぽうで、同じく会津藩士だった長岡久茂は、政府打倒を試みて、獄死していた。
両極に別れたように見える彼らの行動を 著者は、「同じ動機」によるものと記す。
《彼らが目指していたのは(略)──戊辰戦争が勝者のためだけに戦われたものではなかったことを自力で証明してみせることだった。》p179
■増田栄太郎と福沢諭吉
増田栄太郎は、福沢の又従兄弟にあたるという。
増田は遅れてきた攘夷青年。それだけに、「攘夷に落とし前をつけなくていいのか」という答えを求めていた。
殺してやろうと思っていた福沢から「敵である列強の良いところを学べ」といわれて、一時は慶応大学に入るが、すぐに退学。郷里で結社を作ったり、新聞を発行したりする。
これらの手当たり次第のような闇雲なガッツは、
《内心の葛藤の受け皿を手探りで構想する作業だった。》p186
(個人的には激しく共感;; むしろ出来ブツの小倉処平さんより。ああ、この人、もっと長く生きていればなあ、生き方は見つかったに違いないのに)
そんな「迷走」のさなか、増田栄太郎は、西郷軍が田原坂で敗退してから、わざわざ敗軍の鹿児島勢に加わる。
何を思って?
その死には諸説あるが、曙新聞は「不敵な笑いを浮かべて処刑された」と報じた。
最期に披瀝したといわれる増田の言葉は、「西郷先生バンザーイ」というかんじのもの。
探していた思想はどこへ……。
(余計に悲しい)
西郷の死と、救えなかった増田刑死の報道を聞いた福沢諭吉は、衝撃を受け、『丁丑公論』をひそかに書く。
西郷の敗北ののち、世論がいっきに「西郷=賊」視したことへの激しい疑問から。
福沢は言う。
政府が専横になることは仕方ないことだが、あまり野放しにするととんでもないことに。これを防ぐためにも抵抗は必要だ。と。
かつて『文明論之概略』で、
“難題を抱えていながらそれで乱れない(戦争したりしない)のが文明というものだ”
と喝破した福沢だが、この文明論は、何の役にも立たなかった。
西郷の死は、福沢の思想に深みを与えたと、著者は言う。
これまでの『学問のすすめ』『文明論之概略』では、 眠りから覚めている自分が、眠りこけているみんな(愚民)へ呼びかけていた。
『丁丑公論』では、 眠りから覚めるのが「速かった人」と「遅い人」の差があるだけだと、福沢は気付く。
このことに福沢は《おそらくサイゴンの中江篤介よりも、城山の増田栄太郎よりも、遅れて気づいたのである。》p189
******
心がどよめいた。
どうしてだろう。すっきりしたような、著者の福沢評にようやく合点がいった、ような。
いやちがう。 利口者の福沢の真摯な“愕然"が胸を打ってくる。
利口で視野が広いがために、低い苦しみの地平からものがみえなかった。
凡百の利口者なら死ぬまでそれに気づかないだろう。
だがやっぱり福沢は本物だったのだ。
私はまことに直感的に、福沢が信用できなかった。
なんだってこう上から目線なのか。何を持って自分は上から見てるつもりになっているのか。と。
でも、福沢も、その不思議な「特権階級」にあぐらをかくような人ではなかったのだ。
西郷の死と、フラフラしているかに見えた若い増田の問い掛けを、心と頭脳を駆動して受けとめたのだ。
そこを(これまで福沢をすごくひいき?にしてるように見えた)著者にとかれて、こういう利口者が、真摯にがっくり「膝を折った」音に、心を叩かれたのかもしれない。
→ とらぶた自習室(19)野口良平『幕末的思考』第3部 第1章①
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