【翻訳のヒント】「それってどういう意味?」を考えよう
こんにちは。レビューアーの佐藤です。先日の記事「マーケティング翻訳って何?」をお読みいただけたでしょうか? マーケティング翻訳のように、特に読みやすさが重視される案件では、英文の内容をしっかり読み解いたうえで、自然な日本語としてアウトプットすることが求められます。翻訳者の心理としては、目の前にある英文をもとに、そこから大きく逸脱せずに訳した方が楽だし無難なのですが、そこで止まっていたのでは要件を満たせません。
「自然な日本語」という要件を満たすには、原文をそのまま訳すのではなく、「それってどういう意味?」を常に考えながら、文意を効果的に表現する訳文を編み出さなければなりません。言うのは簡単ですが、実践するのは一苦労です。そこで、私が普段どんな風に考えながら訳文を作っているかをお話ししたいと思います。
決まり手をいったん忘れる
「【翻訳のヒント】"use"はいつも「使用する」でいい?」でも書いたように、「この単語はこう訳す」という決まり手を持つこと自体は悪くありませんが、決まり手にとらわれすぎると、自然な訳語を見つけ出す感覚が鈍くなり、翻訳の品質が頭打ちになります。決まり手を当てはめてみて、違和感があるときは、もっと他に良い表現がないかを探す必要があります。
たとえば、動詞の"balance"について考えてみましょう。たいていの人は、あまり迷わずに「バランスを取る」という訳し方を選ぶと思います。では、こんな文脈ではどうでしょうか?
原文を素直に訳していますが、「バランスを取る」の部分が微妙に浮いているように見えます。この翻訳で誰かに怒られる可能性は低いでしょうが、これが最善の表現か?と言われると少し引っかかります。「バランスを取る」だと、「2つの釣り合いを取る」という意味なので、やや消極的なイメージになってしまいます。これはモジュール式のアプローチの長所を伝えたい文なので、もっといい訳し方がありそうです。
そこで、現時点で理解していることを材料に、「それってどういう意味?」と考えを深めてみます。私はこんな風に考えました。
この発想にもとづくと、次のような訳し方ができます。
【翻訳1】と比べると、モジュール式アプローチの長所がより明確に伝わる文になったのではないでしょうか。実際、いろいろな辞書を引いてみると、"balance"の項に「両立させる」という意味の用例が見つかるので、【翻訳2】のように訳しても見当違いではないはずです。
このように、決まり手をいったん忘れ、「それってどういう意味?」という視点で考えなおすことで、より自然で効果的な表現が見つかる場合があります。
品詞の種類も、いったん脇におく
次はもう少し厄介な、"champion"という名詞の例を考えてみます。この単語を見て、多くの人がまず思い浮かべるのは、「チャンピオン」「優勝者」という訳語でしょう。では、こんな文脈ではどうでしょうか?
「データのチャンピオン」では明らかに変ですね。辞書を引くと、「擁護者」「代弁者」という訳語が見つかるので、それをシンプルに当てはめてみると、こんな訳になります。
どうにか形にはなりましたが、「データの擁護者にステップアップする」のあたりが落ち着きません。文意が伝わるような、伝わらないような、もどかしい感じの訳文です。こういうときに役立つのが、「それってどういう意味?」の考え方です。以下は、実際に私がたどった思考フローです。
この理解をもとに作ったのが、次の訳文です。
"champion"の意味するところと、「今こそ~」という呼びかけの表現をうまく組み合わせた、かなり自然な日本語になったのではないかと思います。一見すると英文の形から大きく離れていますが、意図するメッセージはきちんと伝わります。
このように、品詞の種類や原文の構造をひとまず脇におき、全体の文意をつかんだうえで、単語の解釈に迫っていくやり方もあります。
単語を置き換えただけで満足しない
冒頭にも書きましたが、翻訳者の心理としては、「できるだけ原文に沿って、無難な翻訳をしたい」と思うのが自然です。原文に書かれている内容をそのまま訳文に引きうつすのが、翻訳の仕事だからです。私もそれに異論はありません。ただ、英単語をシンプルに日本語に置き換えれば原文の内容を訳文に引きうつせるかというと、そうとは限りません。
逐語訳をしているつもりはないのに、レビューアーに「直訳」とか「読みにくい」と指摘されることが多い人は、おそらく、「それってどういう意味?」の視点が欠けています。単語を置き換えて満足するのではなく、伝えようとするメッセージを理解し、その文意が訳文できちんと表現されているかを考えるようにしましょう。