【翻訳のヒント】Xbenchのカスタムチェックリストを活用する
こんにちは。レビューアーの佐藤です。今回はちょっと視点を変えて、IT系の産業翻訳でよく使われる品質保証(QA)ツール、Xbenchの活用の仕方を提案したいと思います。翻訳会社に指示されて仕方なく使っている人も多いかもしれませんが、実は非常に便利で、翻訳エラーを減らすのに役立つツールです。
Xbenchってこんなツール
Xbenchの主な機能は次の2つです。
ほかにスペルチェックの機能もありますが、英日翻訳では使えないため、実質的にはこの2つです。
翻訳会社が翻訳者にXbenchの使用を指示する場合は、通常は(1)の機能を念頭に置いています。訳ゆれや数字の抜けがないかをXbenchで機械的にチェックし、エラーがないことを証明するレポートを納品物に含めるまでを翻訳者の責任とします。
Xbenchによるエラーチェックは非常に便利なのですが、機械が判定する都合上、本当はエラーでないものをエラーとして報告する誤検出(False Positive)がつきものです。特に英日翻訳では数字関連の誤検出が頻発するため、使わないで済むなら使いたくないと感じている人もいるのではないでしょうか。私も最初はそう思っていましたが、いろいろな設定を試していくうちに、うまく使いさえすれば、誤検出のストレスを打ち消すほどの価値があるツールだとわかってきました。
特に便利なのが、カスタムチェックリストの機能です。私はカスタムチェックリストの作成方法を覚えてから、どんな翻訳案件でも、可能な限りXbenchを使うようになりました。そうすれば、ケアレスミスをゼロにはできなくても、かなりの程度まで回避できるとわかったからです。そこで、皆さんにもぜひ活用をお勧めしたいと思います。
この先は、Xbenchの基本的な使い方と、支給されたチェックリストを使ってQAテストを実行する方法を知っているものとして話を進めます。Xbenchのヘルプページは英語で書かれているため、日本語での説明をお読みになりたい場合は、川村インターナショナルさんのXbench解説ページがお役に立つでしょう。
基本編:タイプミスのチェックリストを作成する
Xbenchにあらかじめ搭載されているQA機能を使うだけでも有用なのですが、すべての翻訳者にお勧めしたいのが、よくあるタイプミスを網羅した独自のチェックリストを作成することです。自分がやりがちなタイプミスをチェックリストに登録しておき、納品前にXbenchで一括チェックするのです。
たとえば、自分の翻訳をあれこれ推敲している間に、次のような訳文を作ってしまうことはよくあります。
また、CATツールを使った案件でときどき見かけるのが、原文の文末のピリオドを消し忘れているケースです(文中にタグがある場合にやってしまいがち)。
あるいは、「英数字は半角」というルールなのに一部をうっかり全角にしてしまう、カタカナ語の長音を全角ハイフンで入力してしまう、「ファイル」を「フアイル」と書いてしまうといった例も考えられます。このようなエラーは、一つひとつは小さなミスでも明確な誤りであり、レビューアーやクライアントに悪い印象を与えます。そしてなにより深刻なのは、「ミスしないよう注意する」という意識だけでは結局ミスはなくならないことです。こういうときの助けになるのが、機械の力です。
上記の例で言えば、次のような項目を登録したカスタムチェックリストを作成し、翻訳完了後に実行すれば、エラー箇所を一網打尽にすることができます。
これらの項目を登録したカスタムチェックリストの様子を次に示します。
チェック項目を登録するときは、最低限、次の3つの情報を入力します。
このチェックリストを使ってテストを実行すると、次のような形でエラーが検出されます(「するする」のタイプミスを検出)。
このようなエラーを自分の注意力だけで回避するのは困難です。何度も見直して結局ミスを見逃すぐらいなら、機械の力で一括検索し、エラー箇所を見つけてもらう方が合理的だと思いませんか?
Xbenchのカスタムチェックリストに項目を追加する詳しい方法については、ヘルプを参照してください。正規表現を利用すれば、より柔軟な検索ができます。
応用編:見間違いやすい単語のチェックリストを作成する
上の基本編では、訳文(Target)中のタイプミスだけに注目するチェックリストを作成しましたが、原文(Source)と組み合わせると、見間違いやすい単語が正しく訳されているかのチェックができます。これはたとえば、
といったものです。字面が似ているうえに、出現する文脈も似ていて、うっかり見間違えやすい単語たちです。
カスタムチェックリストを使ってこれらを検出するには、まず、上記のように、見間違いやすい単語とその代表的な訳を洗い出しておきます。そのうえで、1件1件を次のような形でカスタムチェックリストに登録していきます。
上記のチェック項目を登録しておくと、”resource”を間違って「リリース」と訳しているセグメントを発見できます。
次の図は、見間違いやすい単語をいくつか登録した後のチェックリストです。"leading"(リーディング)と"landing "(ランディング)、" wrap " (ラップ/折り返し)と" warp"(ワープ)など、私が実際の案件でヒヤッとした実例も入れてみました。
このチェックリストを適用した結果の例が、次の図です。”resource”を間違って「リリース」と訳しているセグメントが見つかりました。
実は、これはnote用にわざと作ったエラーではなく、翻訳者から提出された訳文のなかで見つかったエラーです。「自分はそんな見間違いをしないから心配無用」と思いましたか?いいえ、そんなことはありません。単語の見間違いは誰でもするミスです。そして一番厄介なのは、見間違えた自覚がないことです。自覚がないため、注意して改善することができません。そこで、機械に客観的にチェックしてもらうわけです。
翻訳者ならば、自分が過去に見間違えた(あるいは危ないなと思った)例を、レビューアーならば、レビューのなかで見つけた見間違いを、英単語と誤訳のペアにして、カスタムチェックリストに随時追加していくことをお勧めします。
手っ取り早い品質アップの方法
私は10年ほど前からカスタムチェックリストを作成しており、そのおかげで無自覚のエラーを発見できた経験が何度もあります。一つひとつの文を翻訳またはレビューする際にエラーが混入しないよう頑張ることは大切ですが、人間の注意力には限界がありますし、単語の見間違いに自分で気づくのはまず不可能です。どうせエラーを発見できないなら頑張るだけ無駄なので、機械の目でチェックしてもらった方がよほど有効です。
チェックリストの登録に手間がかかることだけは難点ですが、一度登録しておけば、念入りにチェックしたはずなのにエラーを見逃していた……といった悲劇はなくなります。英語の勉強をしたり、日本語力を磨いたり、技術知識を学んだりするよりはるかに手っ取り早く翻訳の品質を高められる方法なので、ぜひ実践していただきたいと思います。
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