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【翻訳部辞書:B】Beautiful

こんにちは。レビューアーの佐藤です。昨年4月からテレワークを始め、もう1年が経ってしまいました。昨年の4月、5月頃はイベントの中止が相次ぎ、少し出かけるのも緊張を伴うような状況でした。今日はそんな1年前のお話をしたいと思います。

踊る日常の途絶……でも動きたい私

下手の横好きでバレエを続けて数十年。あくまでアマチュアではありますが、踊ることは私の日常の一部です。バレエに限らず、モダンダンスやコンテンポラリーダンスもたしなんだりして、踊ることは常に私の身近にありました。そこへやってきたのがコロナ禍です。「不要不急の外出は避ける」という政府の要請のもと、私の通うバレエスタジオも閉鎖されてしまいました。

踊ることは私の精神安定剤でもあったので、これは非常に困った事態でした。そんななか、ダンス仲間から教えてもらったのが、GAGAという身体メソッドのオンラインクラスでした。

GAGAとは、イスラエルのバットシェバ舞踊団というダンスカンパニーを率いるオハッド・ナハリンが開発した動きのメソッドで、踊りというより、体の自然な動きや感覚を目覚めさせるためのものです(もちろん、ダンスのトレーニングとしても有効です)。このGAGAの公認インストラクターたちが週に数回、オンラインクラスをZoomで開催していました。そのときはニューヨークとイスラエルの2箇所から配信があり、世界各国から老若男女がインターネット経由で参加していました。

(余談ですが、最近はイスラエルと言えば「新型コロナウイルスワクチンの接種が一番進んでいる国」として有名ですが、実はコンテンポラリーダンス大国でもあります。)

インストラクターは英語で動きの指示を出しますが、もし聞き取れなくても、インストラクターの動きをなんとなく真似ていればいいので気が楽です。出される指示も、「手の関節を、カーブを描くように回して」「ゼリーの中を泳いでいるような感じで」「体の中から汗を絞り出すように」「体の表面のほこりをはたくつもりで」といったもので、動きに正解はなく、まず自分なりに動いてみることが重要。参加者はカメラをオンにしているので、世界のいろいろな場所で踊る人とつながっている不思議な感覚があります。私は全部で6回ほど参加しました。

翻訳できない普通のことば

GAGAのインストラクターは言葉と自らの動きで参加者をガイドし、もっとこうしてみよう、もっとこうしてみよう、という前向きな声かけをしながらクラスを進めます。ある日のクラスを担当していたのは、ニューヨーク在住の若い男性インストラクター。やわらかい雰囲気で、自らも画面の向こうで体を動かしながら、参加者にポジティブな言葉をかけてくれるのですが、彼がよく使うのが「Beautiful」という言葉でした。

ガイドに反応して参加者が動きの種類や質を変えると、彼はたびたび「Beautiful!」と言ってくれました。私は英日翻訳をなりわいにしていますが、英語話者に囲まれて暮らした経験はないので、こういう場面で「Beautiful」が使われることをとても新鮮に感じました。文脈としては「Good」や「Nice」「Great」と同じなのですが、彼の口から発せられる「Beautiful」にはもっとキラキラした響きがあり、他の言葉には代えられない温かみや親しみを感じたのを覚えています。

その後しばらく、あの言葉を日本語に訳すとしたら、どんな表現があるだろう……といろいろ考えてみました。一番簡単かつ無難なのは「いいね」ですが、それでは「Good」や「Nice」と同じになってしまう。強いて言うなら「素敵」ですが、口語で、あの文脈で発するのは違和感がある。ストレートに「きれい」と言うのもそぐわない。「すごい」も「かっこいい」も「素晴らしい」もちょっと違う。結局、「Beautiful」の持つ豊かなイメージを伝える日本語の口語は見当たりませんでした。もしかしたら、日本語には相手を褒めて促す言葉が少ないのかもしれません。

ともあれ、「Beautiful」はうまく日本語に訳せない言葉として私の記憶に刻まれました。『翻訳できない世界のことば』(創元社)という有名な絵本がありますが、まったく未知の言語でなくても、よく知っているはずの英単語でも、日本語で表現しきれないもどかしさがあると再認識した出来事でした。

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