【翻訳のヒント】未来を表す現在進行形に注意
こんにちは。レビューアーの佐藤です。翻訳者から提出された訳文をチェックしていてよく感じるのは、「原文の単語を一つひとつ丁寧に訳したんだろうけど、その文で何を言おうとしているかが見えてないな」ということです。個々の単語やフレーズに向き合うのはもちろん大切ですが、狭い範囲だけを見ていると、重要なことを見落としてしまう場合があります。今日はその具体例として、「未来を表す現在進行形」を取り上げたいと思います。
確かに学校ではそう教わった ―― 「be動詞 + ~ing」は「~している」
中学校英語では、1年の2学期あたりで「現在進行形」を習います。一般的には、こんな形で説明されます。
いろいろ面倒な話が多い時制のなかでも、現在進行形は構文や意味が比較的シンプルで、わかりやすいイメージがあるように思います。というか、私はそう思っていました。
現在進行形に続いて、<be going to + 動詞の原形>で「近い未来や予定を表す」という用法を教わる場合もありますが、日本の一般的な英語教育では、「現在進行形」=「~している」というシンプルな図式が強く刷り込まれています。私自身がまさにそうで、ある意味、現在進行形をなめてかかっていました。その考えが正しくないことを思い知らされたのは、レビューアーになってからのことです。
「~している」では、なんだか話が通じないぞ……?
あるとき、こんな訳文に出会いました。
構文解析に問題はなく、単語の解釈も間違っていない、ゴリゴリの直訳でもない。それなのに、言わんとすることがスッキリ頭に入ってこず、モヤモヤしました。
そこでいったん、この一文から離れ、全体の文脈を確認して、「こういう内容が書かれているはず」と当たりをつけることにしました。すると、「高価なソリューションを販売するにあたって注意すべきこと」を説明している文だとわかりました。その観点で原文を見直すと、ひっかかるのが"If you are selling"の部分です。いかにも現在進行形に見えるのに、「今販売している」という訳し方では違和感があります。
これは何か私の知らない用法があるに違いない……と文法資料を漁ってみたら、あっさりと、「確定した近い未来の予定は現在進行形で表す」という説明が見つかりました(わかりやすい解説はこちら)。つまり、私が知らなかっただけで、現在進行形には「~している」以外の訳し方があったのです。
"If you are selling"は「今販売している」ではなく、「これから販売しようとする」の意味であることがわかったので、先ほどの訳文を次のように修正しました。
これでモヤモヤ感は解消されました。一度わかってみれば、こう解釈する以外は考えられない英文です。「現在進行形」=「~している」と思い込んでいた自分の知識の浅さにいたく反省した出来事でした。
見分けるコツは、「ひっかかり」を感じるかどうか
厄介なのは、「単純な現在進行形」も「未来を表す現在進行形」も、見た目はまったく同じであることです。先ほどの例も、"If you are selling"の部分だけを取り出せば、「未来を表す現在進行形」の用法を知っている人でも大部分が「販売している場合」と訳すでしょう。
では、両者をどうやって見分ければいいのでしょうか?正直なところ、「勘」としか言いようがありません。単純に「~している」と訳してみて、何か変だなと感じられるかどうかです。なんだ勘頼みか、とがっかりした方もいるかもしれませんが、その勘を働かせるのに大切なのが、文脈の理解です。話の流れがわかっていると、「~している」という訳し方がしっくりこない場合があるのです。
具体例を見てみましょう。これはスマホアプリを利用したマーケティング事例の説明から抜き出した一文です。まずは詳しい文脈抜きでごらんください。"they"は、映画館チェーンの会員を指しています。
原文と訳文だけを見比べると、"the movie they are viewing"を「見ている映画」と訳すことに何の問題もないように見えます。しかし実は、この直前に、「(会員が)映画館に行く途中で、チケットをモバイルアプリでスキャンします」という一文があります。そう考えると、「これから映画を見に行くところなのに、<見ている映画>にもとづく割引オファーとはどういうことか?映画館に着いて、映画が始まってからの話?でも鑑賞中に割引オファーが届いても役に立たないよね?」という疑問がわいてきます。
もう正解はおわかりですね。"the movie they are viewing"は、「見ている映画」ではなく、「これから見ようとする映画」の意味です。したがって、修正するとこうなります。
ちょっとした違和感を大切に
今回は「未来を表す現在進行形」を取り上げましたが、ここで話した「ひっかかり」の感覚は、翻訳のさまざまな場面で有用です。自分の知識で訳すとこうなるけど、文脈を考えると少し違和感があるんだよな……というときは、多くの場合、訳し方が間違っています。その違和感が、正解にたどり着くための第一歩になるので、センサーを敏感に働かせましょう。