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同僚が目の前で刺されていた

はじめに

これはフィクションではありません。私自身の経験です。慌ただしい現場、暴力の描写があります。苦手な方は読み進めないようお願いいたします。

この件についてネット上でお話しするのは初めてです。あれから随分時間が経ちましたので、記憶の整理のために記録しておこうと思います。時期や詳細はぼかしています。

何でもない一日の始まりだった

当時の職場は社員も派遣も職種も年齢も垣根がなく、チームメンバーで流行りのゲームの話をしたり、会社周辺のランチを開拓したりしていました。

その日は週末を挟んで月曜日、始業時間の15分程前だったかと思います。ある社員(Sさんとします)が流行りのゲームの入手困難なマスコットを持ってきていました。前の週に欲しい人を募集して、親戚のつてで購入代行をしてくれていたのです。依頼していたチームメンバー数人が代金を払い、喜んで自席に戻って眺めていました。

私は依頼していませんでしたが、その様子を微笑ましく眺めていました。何でもない、ちょっと幸せな雰囲気の一日の始まりでした。

椅子の倒れる音がした

その時、大きな音が先程までマスコットを手渡してくれていたSさんの席の辺りで起こりました。椅子が倒れ、男性が二人揉み合って喧嘩しているように見えました。

ドン、ドンという音が響き、床に倒れた側の人が一方的に殴られている様子でした。そんな事件の起こるような人間関係の職場ではなかったため驚きながらも、仲裁に入った方がいいのかな?とざわついていると

「刺されてる!!」

駆け寄った人が叫びました。

殴られているように見えたそれは、何度もナイフを突き立てられている様だったのです。刺されていたのはSさんでした。大事な仲間、助けに行こうか…しかし仲裁に入るならその人も命懸けになります。多くの人がパニックになり、立ち尽くしていました。

皆逃げろ!

気付くと数人がスマホを取り出して通報していました。私の向かいの席の女性もSさんから受け取ったマスコットを持ったまま、警察と通話していました。そして別のチームメンバーの男性がなおも動かないフロアの全員に向けて大きな声で呼びかけました。

「皆逃げろ!外出ろ!早く逃げろ!」

皆はっとして、手荷物も整えず外へ避難を始めました(後に現場検証のため長い時間フロアに戻れなくなり、手ぶらで出た社員は困ることになりました)。Sさんの元へは武道経験のある社員などが救出に向かっていました。

私も避難の波に乗り、最後に見たのは数人がかりで取り押さえられる赤いナイフを持った男と、デスクの影になり様子が分からないSさんでした。

ビルの外へ

とにかくフロアの全員で、一度外へ出ました。パトカーと救急車が到着し、数人が誘導のためフロアへ戻りました。

しばらくすると外にいた社員はビルの中に呼び戻されましたが、元の部屋ではなく大きい会議室に集められました。

しばらくフロアに入れない事。マスコミが集まってくるだろうが何も話さない事。Sさんは救急車で運ばれ、現状祈るしかない事。そんな話があったと思います。

その日は解散になった

どのくらいの時間が経ったのか、フロアに入る許可が出ましたが、その日はもう仕事どころではありません。特別な理由の無い限り、基本的に全員帰宅することになりました。

帰り際、逃げろと叫んでくれた社員にお礼を言いました。あの声を聞くまで、助けに行くことも去ることもできずに固まっていたからです。目の前で人が刺されていたら、周囲が叫んで逃げたり騒ぎになるようなイメージがありましたが、実際の現場はしんとして、少しのざわめきと犯行の音だけが響いていました。

外に出るとお達しの通りマスコミがすすすと寄ってきました。無視して帰りました。

適当な事を言う人達

帰ってテレビをつけると速報が出ていました。社名は出ませんでした。いつも通っているビルが映し出され、うちの社員では無さそうな知らない人達がインタビューに答えていました。

事件を起こしたのは前の週にチーム加入したばかりの派遣社員でした。まだ挨拶しかしていない、今日から実務に入りますよという何のしがらみもない状態での犯行でした。

しばらくすると、犯行の理由が発表されました。馬鹿にされた、というようなものでした。呆然としました。まだ殆どのチームメンバーがよろしくお願いしますという会話しかしていない。馬鹿にしようが無いのです。

ネットは騒然として、適当な推論が盛り上がっていました。この会社は派遣を馬鹿にしてるんだろう、普段から差別があるんだろう。社員が感じ悪かったんだろう。想像で好き放題書かれていました。

Sさんは優しい人です。愛嬌があって可愛がられていました。そして少々足が悪く、走ることが出来ません。そんなSさんが逃げる間もなく刺され、憶測で悪く書かれ、自業自得であるかのように冷笑され、怒りと虚しさが込み上げました。

あれ以来ニュースを見て適当な憶測を聞くのが苦手です。こうだったのだろうか、という想像力は必要ですが、きっとこうだったんだろ、という決め付けは聞くだけで不快です。

それから

翌日には業務が再開されたと記憶しています。もしかすると翌々日だったかも知れません。数日後にSさんの容体が安定した報告を受けました。

あの日取り押さえに動いた社員達は警察に何度も何度も何度も同じ話を繰り返しさせられてうんざりしたと教えてくれました。それから、通報、犯人確保、退避の流れが他の事件現場より早かったらしく「本当は何の仕事をしている会社なんだ」と言われたそうです。

しばらくはビルの付近にマスコミがうろついていましたが、数日もすれば注目のニュースも移り変わり、しだいに居なくなりました。

そして日常が続く

目の前で同僚が刺されても日常は続きます。その後私は体調の関係(事件とは無関係)で休職してチームを外れました。Sさんの復帰と入れ替わりになったため回復後にお会いする事はできませんでした。

復帰が決まった時、チーム全体でSさんへの配慮について共有しました。急に大きな声で話しかけたり、肩を掴んだりしない事。PTSDが出る可能性があるとの事でした。傷は治っても、今後Sさんは常に100%のリラックスが出来ない状態で勤務するのだと思うとやり切れない気持ちになりました。

振り返って

恐ろしい事件でしたが自分自身は心の傷を残す事なくここまできました。事件そのものはもう殆ど思い出す事もありません。

でも今でも、ニュースに反応していい加減な憶測が飛び交った時、自身が見た事実と流布される噂との乖離で感じた怒りを思い出します。

今回この事件について思い出して記事にしたのは、SNS上で友人が逮捕された方の投稿を読んだのがきっかけです。その方も、「インタビューに答える見たことのない友人を名乗る人」と「想像で勝手に状況を語る人」を目撃しています。

ニュースを見て、並ぶ言葉から状況に思いを巡らす事は私もあります。しかし、〇〇が遺棄された、〇〇と〇〇が衝突した、加害者と被害者の属性が何だった、その事実の外の想像を、本当の事のように思ったり語ったりしないよう気を付けたいと思っています。

何かの事件に触れた時。
事実と想像を分ける。
少し心に留めて頂けると幸いです。
(特にネットニュースはキャッチーになるよう事実と想像の垣根を曖昧にして書かれている事が多いです)

自戒を込めて。

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