ゴミの城~001~主人を失ったゴミ屋敷
先日、父が亡くなった。
結婚して実家を出てから三十年近くが経つ、実家には両親と兄が暮らしていた。僕は男だらけの三人兄弟の真ん中。弟も結婚して実家を出ている。その弟から夜中に電話があった。とても暑くて寝苦しい夜だった。
「父さんが亡くなったみたいだよ」
父は今月もたないだろう。と思っていたのでショックは少なかった。それでも心臓がドクンドクンといつもより早く動いていた。すぐに車を走らせ、隣町の市立病院の前で弟と合流して、静まり返り明かりも最小限しか点灯していない深夜の病院に入り案内された病室へと急いだ。ベットの上の父親は数日前に会ったときよりも俄然、痩せ細って見えた。医者に父の死因を聞き、待合室で葬儀社の手配を済ませから実家に顔を出した。
「とりあえず、葬儀の手配を済ませたから。一番安い所にしといた」
そう言うと兄の顔が曇った。
「月々払っている所があったのに……」
僕は弟と顔を合わせた。お金がないことを知っていたので病院の待合室で慌ててインターネットで調べて、二人で手配をしていた。
「知らないよ。先に言っといてくれないと」
僕の不満に兄が答える。
「だって急だったから……」
「いや、今月、もたないって言ったじゃん。急じゃないでしょ。契約しちゃったから無理だよ。遺体も葬儀屋だし。……言ったじゃん。お金も父さん名義は下ろせなくなるし、連絡するところも調べておいてって」
そう言うと兄は黙ったが、顔は曇ったままだった。当然、父に親族の連絡先を聞いていないので、どこに連絡しても良いのやら分からず。
「とりあえず明日の十時に葬儀屋で打ち合わせだよ。……どうする母さん連れて行く? 葬儀屋で『お父さんの顔を見れる』って言ってたけど」
「やめとく。お母さん動揺しちゃって無理だと思う」
「五十年以上、結婚していて最期に顔も見ないのはどうかと思うよ」
それでも兄は引かず、結局打ち合わせにも二人は来なかった。火葬場にも僕と弟、そして母の友人のおばさんと三人で出かけ、骨になった父を箸で拾い上げた。
「ただいま」
父親の遺骨を持って帰宅するが、二人は別段なにをするでもなく、僕が声を掛ける。
「お父さんが帰ってきたから、挨拶をして手を合わせないと」
ぽかーんとした顔の母親をつかまえて、父の遺骨の前に立たせる。もう母親は半年以上こんな感じだ。病院の診断では認知症ではなく鬱病らしい。母は子供のように振る舞い、嫌な物から目を背けている感じだった。ときどき死にたくなるらしい。兄から朝方「お母さんが『死ぬ』って言って暴れている」と電話があったり、兄と散歩に出かけたのに、何も言わずに一人で勝手に帰ってきたりと、ときどき困らせる。
「とうちゃんが死んじゃった」
そう言う母の顔からは、悲しみは見られなかった。
父親は一言で言うと『わがまま』だ。好き嫌いが多く野菜も肉も食べなかった。食事の時には魚メインの別メニュー。僕はカレーライスやハンバーグは子供の食べ物で、大人はそんな物は食べないものだと、ずっと思っていた。他人の言う事は基本的には聞かない。特に身内の意見など聞く耳を持たなかった。それは思春期になった僕から見たら偏見で凝り固まった頑固な意見でしかなく、実家で暮らしていた頃は衝突することが度々あった。母親はさぞかし大変だったことだろう。そう言うと、父親が嫌な人間にも思えるが、真面目で優しい所もあったし聞き耳を持たなくても他人の意見に対して怒ることはあまり無かった。僕は父親が好きだった。
基本、他人に物を頼むことはしない人だった。それでも歳を取り、たまに要件を頼んでくれる。すると必ず丁寧に「ありがとうございました」と言ってくれる。母親の様子がおかしくなって、もう半年くらい週一か週二で実家に通い、差し入れをしたり何かを直したり、掃除をしたりしてきたのだが、作業をしていても「休まなくていいのか?」「ちょっと休んでからにしろよ」と声をかけてくれて、帰りには丁寧に「ありがとうございました」と頭を下げてくれる。そんな父親だった。
話を戻そう。床の間の神棚に簡易的に作った祭壇の前で、母親が手を合わせ終わると、兄を呼んだ。
「お父さんが帰ってきたから挨拶しないと駄目だよ」
兄は世間でいう所の「引きこもり」だ。ずっと仕事はしてきていない。外の世界と触れ合うことが少ない。父が死に、実家には子供のように振る舞う母と、引きこもりの兄が残された。
それともう一つ、たくさんのゴミの山。
困ったことに父親は物を捨てられなかったのだ。食べ終わったインスタントラーメンの袋や、焼き鳥の串まで洗って取っておく。何十年もの間、実家に来たあらゆる封書の封筒までも取ってある。ハサミだって何十本もあるし、飲みもしない梅酒を毎年作り、梅と酒が入った大きな汚いビンが何十本もある。業者に頼めば何百万もかかる。テレビに出しても番組が成り立つようなそんなレベルだった。
「汚い」
昔から母親の意見も聞かない父親だったし、母が認知症気味になり掃除する者が居ない。不衛生で実家では何も食べたくはない。キッチンは換気扇も壊れていて色んな所が油でベタベタしている。風呂場はカビだらけ、引き出しを開けると大きなゴキブリが出てくる始末。
それと実家には住人がもう一人いる。ネズミだ。実家にはネズミが住んでいる。
父が亡くなり実家に残されたのは母と兄。そして忌々しいネズミと膨大なゴミの山だった。それも尋常ではないゴミの量だ。
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