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直球すぎて思わず見送ります【野崎さんの凄さ】

「ご家庭の料理のほうが料理屋よりもおいしいのです」
「プロが正しいわけではないんです。プロの正しさはお金儲けすることです」
「いまの子供たちは魚が嫌いです。なぜかと言いますと(料理法がダメだから)魚が不味いのです」
「どうして出汁が必要ですか? 素材から十分出汁が出ていますから、水を足してください」
「鳥の鍋にどうして鰹節(魚)が必要ですか?」
「あれもこれも旨味を入れることで、ボケて旨くなくなります」
・・・(これらは思い出して書いておりますので、実際のご発言と異なります)


あまりに正論過ぎることを耳にすると、人は茫然として口を開けたままになるものです。
ど真ん中のストレートで見送り三振です(手も足も出ません=ま、この場合足は不要ですが)。帽子を取って(お辞儀して)ベンチへ戻ります。

私は、割と料理が好きで、男子厨房に入るのですが、料理の何が魅力かといいますと、それは一つの立派な芸術だからだと思うのです。
それに関しては深入りしませんが、数学的な要素もあったり、審美的な面もあったりで、奥深いものです。

鉄人道場六三郎さんの天衣無縫さや土井 善晴さんの引き算的な考え方も好きですが、特に我が家で人気なのが今回挙げました東京・南麻布の料亭「分とく山」元総料理長・野崎洋光さん。
TVなどにもよく出演されていたり、たくさんの著書を出されている著名な方ですので、私などよりもよくご存じの方(特に女性)は大勢いらっしゃるかと思います。


野崎さんの魅力をたとえて、「自然の素材そのものの味を引き出す」とか
「あたりまえであることの強さ」とかなんとか、なんだかそんなどこかで聞いたようなキャッチが浮かびますが、しかし、そんなありきたりの形容を超えているところが野崎さんの凄さ。

なぜなら、「私たちが当たり前であると思っていたことの作為や間違い」を実にさりげなく指摘してくるからです。
しかも、料理人にありがちな経験と腕、伝統というものにとらわれず、科学的な裏付けであっさりと片付けてしまいます。
「なるほど、伝統というものは常に日々新た、革新があっての伝統なんだなあ」とか、これまたどこかで耳にしたような感慨が浮かびます。

その組み立て方といいますか、理論といいますか、料理哲学には、むしろ男性が共感できる点が多々あるような気がします。


野崎氏の「分とく山」は、かねがね行きたいなあと思いつつ、首都圏を離れてしまったいま、なかなか思い切れず行かずじまいのまま。

ちなみに、野崎氏直伝のレシピで、かみさんがさる一品を料理したことがあります。
「うん、確かにうまい」
「さっぱりしていて、いい」
のですが、何か一味足らないような・・・。

知っています。
そこがプロとわれわれ素人の分かれ道なことくらい。

知っています。
お店で同じ品を食べるとなると、全然違うはずなことくらい。

断じて「実際は何か高価な調味料を使い、YouTubeあたりの動画では、単にリップサービスでうまいこと言ってるんだろう」ではないことくらい。

野崎さんは「プロはお金儲け」と言いますが、お金を取れる味というのがプロで、それが家庭とは異なることくらい。

正面を見て真顔で語られる野崎さんの言葉の数々には、その誠実なお人柄をしのばせるだけではなく、常に直球で勝負できるだけの何かがあるのです。

↑ 野崎さんの動画はYouTubeでも多数挙がっていますが、このクラシルのシリーズが一番氏の料理哲学が紹介されているように思います。

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Monikodo
東洋哲学に触れて40余年。すべては同じという価値観で、関心の対象が多岐にわたるため「なんだかよくわからない」人。だから「どこにものアナグラムMonikodo」です。現在、いかなる団体にも所属しない「独立個人」の爺さんです。ユーモアとアイロニーは現実とあの世の虹の架け橋。よろしく。