見出し画像

【恨】③ 考察対象:「ホテルデルーナ」のチャン・マンウォル 

 韓国ドラマ「ホテルデルーナ」は、幽霊専用のホテルを舞台にした幻想的なファンタジードラマです。主演のIU(アイユー)が演じるチャン・マンウォルが、1000年以上にわたり死者の宿を運営するというユニークな設定で、多くの視聴者を魅了しました。この作品は、恨を説明するのにぴったりな作品です。

「いらっしゃいませ。最高のサービスをお届けします。ただし幽霊(鬼神)だけ!」

あらすじ

 ソウルにひっそりと佇む、ホテルデルーナ。ここは、未練や心残りを抱えた幽霊だけが宿泊できる特別なホテル。社長のチャン・マンウォル(IU)は、過去の罪と未練からこの世に縛られ続けている存在です。彼女が経営するホテルには、様々な事情を抱えた幽霊たちが訪れ、現世で解決できなかった問題を晴らしていきます。ある日、マンウォルは20年前に交わした契約に基づき、優秀なホテリエであるク・チャンソン(ヨ・ジング)を支配人として迎えます。生者と死者が交錯するこの場所で、二人は次第に絆を深めながら、それぞれの過去に向き合っていくことになります。

本当は寂しい強気女子のチャン・マンウォル

 マンウォルは、「恋人を奪われた嫉妬」「結婚できなかった未練」「多くの命を奪った罪悪感」など、数々の苦しみを抱えています。月霊樹という特別な木に縛られ、その木と一心同体となることで永遠の命を得ています。この木は彼女の感情と連動しており、喜びや悲しみが木にも影響を与えるという設定です。
 マンウォルは一見すると気が強く、傲慢で贅沢好きですが、その裏には深い孤独と自責の念が隠されています。

 失くしたと思っていたイヤリングの片方が見つかり、チャンソンに見せるためにチュクミ(イイダコ)を食べに行こうと誘おうとした時のエピソード。おめかしをし出掛けようとした矢先に、チャンソンがアメリカ留学時代のガールフレンドと会っていると聞かされ、マンウォルは嫉妬を覚えます。実際には、チャンソンはマンウォルが好きなモッパンユーチューバーを追いかけていたのですが、そうとは知らない二人はこんな会話をします。

 -会ったの?
 -会いました。
 -良かったわね。どうだった?
 -思ったよりスリムでした。顔も小さいし、肌も綺麗で。まだいると思うので、行ったら会えると思います。
 -(腹を立てて)結構よ!なんで私が会わなきゃいけないの。私はチュクミを食べに来ただけ。
 -そんな綺麗な格好をして、こんな時間にチュクミを食べに行くんですか?
 -チュクミ、チュクミ!チュクミのために出て来ただけよ!!
 -(マンウォルの耳を見てニヤッとし)僕が見つけたイヤリングですね。
 -ああ…(慌てたように早口で)これは私がチュクミを食べる時用にと思って買ったのよ。見つけたついでにチュクミを食べようと思って。あなたが見つけたんだから、あなたも一緒に行かなきゃダメよ。
 -(呆れたように)単にチュクミが食べたいだけでしょ?毎回意味不明なこじ付けはやめてください。
 -(声を荒げて)何よ、そんなに嫌なの? もううんざり?
 -…この時間にチュクミを食べようと思ったら西海岸まで行かないと。海に行きますか?
 -(急に嬉しそうに)まあ、そうね。そうすれば? ついでに日の出も見て。
 -西海岸で日の出が見られるかはわかりませんが、行きましょう。

 見ての通り、マンウォルはチャンソンがガールフレンドと一緒にいると思って寂しく思い、嫉妬して出てきたのですが、おしゃれした格好とイヤリングを指摘され、「チュクミが食べたくて、チュクミを食べる用におしゃれをした」とメチャクチャなことを言って強がります。そのため、チャンソンからは「そこまでしてチュクミが食べたいのか」と誤解されてしまいます。

 このような複雑な性格は、恨が見られると言われる、金素月の詩「つつじの花」や民謡「アリラン」の歌詞とも重ねて説明できます。

 「ツツジの花」では、「私の顔を見るのも嫌なあの人」を黙って送り出し、その行く道に「ツツジの花道を作ろう」という詩です。花道の花を一歩一歩踏み締めながら去って行きなさい、そして「私は死んでも涙を流さない」と締め括られます。

 「アリラン」は自分を捨てていった人に「帰って来てほしい」のですが、そうは言わずに、「十里も行かずに足が痛めばいいのに」と強がります。

 ほら、どちらもものすごく強がっているでしょう? 恨と呼ばれている情緒には、「寂しい気持ちを強がって表現する」という、複雑な感情があるようです。
 恨は「か弱い女性」の心理のイメージがありますが、どちらかというと「本当は寂しいのにそう言えない強気女子」の心理を表していると言えるかもしれません。映画『猟奇的な彼女』のチョン・ジヒョン扮する彼女しかり、「サンガプ屋台」のウォルジュしかり、彼女たちは皆、「本当は寂しい強気女子」です。

「ツツジの花」についてはこちら


いいなと思ったら応援しよう!