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あたまのなか@想

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あたまのなかでおもっていること、考えていることを書いています。ちょっとエモい。やけどに注意です。
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東京の16歳が見た3.11

3.11の経験は、当たり前のものではないと知り。2月、関東や東北で大きな地震が直後、愛知出身の友人と会っていた。 友人「長かったよね、こないだの地震」 私「うん、地震酔いになった。」 友人「地震酔いって何?」 と言われ、私は3.11のとき、余震で地震酔いによくなっていた話になった。友人は3.11が起きたときは京都にいたらしく、ニュースのなかの出来事だったようだ。 3.11を直接体験してない人もいるから、これは書いておかなければ、と思って筆を取っている。 ふと思い出

すっぴんの自分でいる

昨日はデンマークのオープンサンドを楽しむ会に行った。 参加するのは2回目で、前回は7月末に行った。3ヶ月間の時の流れの早さを感じた。 3ヶ月前とはしている仕事の内容が全然違っていた。 この3ヶ月、がむしゃらに前だけ見て進んでいた。「いま、この瞬間」にフォーカスすることが少なかった気がする。 Hyggeを構成する要素でもある。 人をinviteすること、招くこと/誘うこともHyggeなイメージがする。招かれると嬉しいしね。 「2人より4〜6人の方がHyggeだよね。

オーディションに遅刻していく女優なんかいない。

「最近の遅刻グセが直らない」って2,3ヶ月言っている・・・。もはや元々遅刻魔なのでは・・・。 未来は100%不確実だけど、できるだけ守れない約束はしたくない。守れなくて自分が傷つくのを恐れているだけかもしれないけど。 5分10分だったり小さな遅刻が多い。朝は15分とか遅れてしまう。 自分の体調管理や時間管理、電車の遅延などのリスクヘッジがうまくないからなんだろうな、と思う。 何度も言うが「時間とは自分の命である」。時間という命を燃やしてみんな生きている。悩むこともある

人を動かすのはいつだって「言葉」だ。

「作品は人に届けるまでが仕事であるー。」 尊敬する四角大輔さんの言葉である。 ちょうど今から1年前、私はたまたまTwitterで流れてきたこの記事を読んだ。 超単純な私は、とりあえず朝活してみよう!と思って朝活コミュニティ『朝渋』に入って、爆速で人生が進んできた。 早起きの話の詳細は、こちらで。 1つの記事で私の人生、180度変わっちゃったよ。 そんな1年間でした。 *** 一方、勤めているデジタルハリウッドでは、昨年末に公開された卒業生のインタビュー記事が大

Keep moving

Don’t settle. Keep moving. スティーブ・ジョブズがスピーチで述べた言葉だ。 金曜の夜、私は東京の街を自転車で移動していた。道を走る車のほとんどは、華金の飲み会帰りのタクシーだった。私は、そっち側の人間ではないなと直感的に思った。 東京は、私の居場所ではないのはカラダで感じる。高校生のときにそう感じ、地方の大学にいき、デンマークに留学した。就職し東京へ戻ってきた。1年半が過ぎた。ビジネスをするには東京はいい場所だけれど、自分らしさを保つのは大分や

継続のコツは、「名づける」こと。

「名前を付けるとプロジェクトがぐんっと進むー。」 どこかで耳にした言葉だった。 もともと、4年間ジャニヲタのメルマガを放課後に携帯から毎日配信していた女子中高生だったから、継続化や習慣化は得意な方だ。 毎週◯曜日や月◯回って、めんどくさいしやらないから、毎日やった方がいいと思ってる。笑 今は、noteとInstagramを毎日更新している。 そんな続けるコツは、なんと言っても「名前をつけること」。自分で名前をつけてプロジェクトにしちゃうのだ。 プロジェクトにして名

いまの日本は「お祭りモード」だから、祭りのあとの静けさがいつか来る。

いまの「日本」って、一歩引いてみると、今年は10連休、来年は東京オリンピックがある。今の日本はぜったい景気がいいし、盛り上がってる雰囲気だ。元号も変わるし、ある意味「お祭りモード」だ。だからこそ、流されずに何がやりたいのか、何が本当に必要なのか探し続けたい。 ブラジルに4年ほど住んでいる知人によると、ブラジルはいま、不況らしい。近所の英会話教室にも強盗が入ったらしい。 ブラジルなんてまさに前回のオリンピックの開催地だ。 ネガティブな言い方にも聞こえるかもしれない。先

今までとこれから

大学を卒業し、2018年4月1日から働き始めた。今日で丸一年になるので、これまでとこれからについて書こうと思う。 私はデジタルコンテンツ教育の企業で働いている。応募した理由は3つある。1つ目に、Wantedlyでみた「突き抜けたい人募集」という言葉に惹かれたから。2つ目に、二次面接の面接官だった人と働いてみたいと思ったから(なんとも図々しい…!)。3つ目に、教育社会学を専攻し、教育の現場に携わりたいと思ったから。面白そうな学校で働きたいと思ったから。 1〜3で、1年間教育

出会いのある葬式がいい

ふと、自分の葬式について考えた。 色んな人が出会う葬式がいいなと思った。 私が出会った人々が、また、ないしは初めてその葬式で会って、新たな出会いが生まれる。 「へーそんなことしてるんですか!面白そうなんで、うちの会社でもやってくださいよ!」 「今度一緒に仕事しましょう!」 こんな会話が飛びかっているのが理想だ。 葬式というより飲み会とか異業種交流会っぽい。(笑) なんなら、トリイ交流会でいい。 私には会わせたい朝渋の友人と大学の友人がいるのだけれど、それが葬式で

マーブル色がなかった世界で伸びをしたかった

私は中学と高校が楽しくなかった。それは、マーブル色がない世界だったから。 マーブル色というのは、外の世界と自分が過ごしている混ざった世界ということだ。多様性のある世界のことだ。 私は、カトリックの女子の中高一貫校に入った。自分でいうのもなんだが、ぬくぬくの温室だった。チケットがないと入れないくらい閉鎖的で、同質的だった。 ぎゅーーーと背筋の伸びをしたかった。そんな感じ。 私がプールが死ぬほど嫌いだったため、プールのない学校に行きたいという思いと、親のカトリックの学

ルールを疑うことは、当たり前を疑うこと

『「ルール」とは、現状に合わせて変えるもの』というのが、私の基本的な考えだ。 「それがルールだから」という言葉だけで、人は思考停止してしまう。何も考えずに従ってしまう。 横断歩道で言うなれば、「赤信号だから止まれ」というよりも、「車が来てるから止まれ」なんだよね。横断歩道では、赤信号の有無に関わらず、自分で考えて、判断して、止まるもんだ。赤信号でも、車が来てなかったら、自分の判断で渡ればいい。(まぁそれは自己責任ね、という、自由と責任の話が始まりそう) ともすれば、「ル

ハグのすすめ〜友人と同僚と家族と〜

私はハグが好きだ。ただそれだけなのだけれど、ハグにまつわるエピソードが3つあるから、せっかくなのでお伝えする。(『ハグのすすめ』というタイトルをつけておきながら、ちょっと恥ずかしいのです。) ひとつ目は、友人とのできごと。 年始に2年ぶりに会う大学の友人と再会したとき、会うやいなや、待ち合わせ場所の駅の改札でハグをした。 友人とハグをしたのはいつぶりだろうと思ってしまった。「ぬくもり」というやつが伝わってきた。私のハグに対する想いをふつふつとさせるできごとだった。 留

赤信号は、自分で考えて渡れ。

「赤信号は、自分で考えて渡れ。」 恩師の現代文の先生から言われた言葉だ。 信号というものは、車と歩行者が共生するために、言いかえると、車と歩行者がともに平和に暮らすために、作られたものである。 赤=止まれ 黄=注意 青=進め これが信号の「ルール」である。 でも、果たして車が1台もないところで、このルールは果たして必要なのだろうか。小学校で習ったように、自分で右みて左みてもう一度右みて、車が来てなかったら渡ってよいではないか。 私は赤信号、車が来てなかったら渡

「女性としての幸せ」は、「人間としての幸せ」

「女性としての幸せ」 私はこの言葉に違和感しか感じない。 レスリングの吉田沙保里選手の引退について、連日ニュースで取り上げられている。そこでよく聞くフレーズだった。 あとは、「女性の先輩として聞いておきな」というフレーズもどこか引っかかる。「女性ならではの悩み」に、結婚、(出産ばかりはどうしようもないが)子育て、キャリアとプライベートみたいな類のことが、カテゴライズされることに疑問を感じる。どこか引っかかる。 *** 「女性としての幸せ」ってなに?結婚して家庭を築く