【発達障害ASD次女】個別級への転籍の失敗、そしてトラウマ。(前編)
我が家の次女は今小6で4月から公立の中学校(通常級)に入ります。ASDと小2で診断されました。知的にはボーダーですが、知的ボーダーが故にちゃんとした検査ができていませんが、これに加えて、恐らく、LDの算数障害もあると思われます。9月から登校渋りが始まり、徐々に行かなくなり、11月〜1月までは完全に休みました。ただ、日帰りの修学旅行と、運動会には参加できました。2月から少しづつ学校へ行っています。
次女が学校へ行けなくなってしまったのは今の担任も理由の1つです。
今の担任は、タイプ的には、「ザ・昭和」タイプ。意見を言うまで終わらない、みんなと同じ意見は却下、とにかく細かい、大きな声で怒鳴る、人に指を差す・・・その割に、やたらとクラス目標とか掲げたり、やたら掲示物を貼ったり、というタイプで。
ASDのうちの子にしてみれば、いつ意見を言わされるか分からない、いつ怒られるか分からない、それでいて視覚情報が多すぎる教室、、他の子が怒られているのを見ても、自分が怒られているようになってしまう状況で。
まぁ正直、ガッツリ昭和時代に育った私としては、「先生なんてそんなモンでしょ。竹の棒で尻も叩かれたし、廊下にも立たされましたわ」と、さほど驚かないっちゃ驚かないんですが、この令和の時代にまだいたのか、という意味の驚きはあります。
とはいえ、うちの次女の特性も説明もしっかり聞いてくださって、次女に対してだけの対応に関しては、やってくれようとはするんです。(でも、残念ながら意図せぬことをやらかす)
でもねぇ、、この先生、次女の中では手遅れなんです。
個別級へ転籍を試みた
3年生の時に、あまりに算数ができないので担任に算数だけ、「取り出し」をお願いしました。実は、長男の時は、取り出しの「算数教室」というものがあり、学校の授業時間中に、別室にて何人か集まって、本人の理解度に合わせた算数教室をやってくれていたんです。私は、その「算数教室」の復活をお願いしたわけです。確か長男の時は定年した元教員のボランティアだったと思います。
ちなみに・・・先に行っておきますが、次女の3年、4年の担任は今の担任です。
はい、ここ重要。
もちろん担任の一存では判断できず、校長案件となったわけです。当時の校長は、、まー、頭カチカチの頑固じじいで、何を言っても「できません」の一点張り。頭かち割ってやりたかったですよ。固すぎて。(すみません、お口が過ぎました)で言われたのが、「そういうことを望むなら個別級に行けばいいじゃないですか」でした。
ですよね。そうなりますよね。それを本人が全く望んでいないから、こうしてお願いに来たわけなんですけど。。。。怒
次女に断腸の思いで、説明しました。もちろん答えは、大きく「ノー」。お友達と同じがいい!ですが、親としてはあまりに算数ができなさすぎて、、繰り上がりの計算はおろか、一桁の足し算もできない、時計も何度やっても読めない。小銭も数えられない。。何度教えても、覚えては忘れ、覚えては忘れ。。。このままだと本当に困ってしまう、と思い、「算数の時間だけ」個別級へ行く、というスタイルを次女に何度も提案し、なんとか、「○○組さんで頑張ってみるよ。」と承諾をもらいました。半年くらいかかりました。
転籍は4年生の4月から、と決定し、新年度に入ってすぐに担任から電話がありました。
「個別級のことは新しいクラスの子たちにも、どんなクラスなのか説明したいと思います。」との事でした。私はてっきり、4年生になるし、他にも個別級へ転籍する子もいるし、どんなところなのかな、という説明をするんだと思っていました。
がしかし、フタを開けてみると、
「4年生から、○○さん(次女)は、○組(個別級の名称)になります!」
と、あろうことか、学年集会で言い放ったのです。
次女の落胆、先生への不信、親への不信
4年からは、基本的には通常級、算数だけ個別級へ移動する、という状態だけど、籍は個別級。これははっきり言って大人の事情ってやつです。
新学期の教科書配布の時、次女も自分の分が配られるのを待っていると、
「○○さんのは個別級の方で配ることになってるから」
と言われたのです。学年集会であんなこと言われ、教科書もみんなと一緒にもらえない。親の話と違う。騙された。そう思ったと思います。(当然ですが、親である私たち夫婦も騙された、話が違う、と思いました。)
算数の時間になると、個別級の先生が迎えに来る。どんどん行きたくなくなる。それでも渋々行く。こんなことが2ヶ月ほど続いて、とうとう、次女がブチギレました。もらった計算のプリントやお知らせとか全部、ビリビリに破いて、毒吐いて通常級のクラスに帰って行きました。
さらに、問題は「あゆみ」でした。担任との事前の話ではちゃんとつけてます、とのことだったのに。。。ちょっと脱線しますが、この担任、放課後にこういうデリケートな話題を自宅の電話にかけてきて話すわけです。放課後ですから当然、次女も家にいます。「話しづらいのが分からんのか!」でかい声で誰から電話かすぐにわかるっての!携帯にかけてくれ〜〜〜〜。しかも配布の前日にかけてくるなー!修正不可能じゃないか。本線に戻します・・・。
まぁ、ルールなんでしょうけど、当然、評価は白紙。先生の所感のような評価のコメントはびっしり書いてましたが。あゆみを配られて、それなりにドキドキしながらみんなと見ようと思ったら、自分だけ白紙。
大人はその理由はわかりますが、次女には理解できなかったでしょう。騙された。ひどいめにあっている、みんなと違う。という嫌な感覚だけが強烈に残りました。
当然ながら担任とは都度話をしましたが、なんというか、大義が理解できてなかったんでしょうね。。配慮するポイントが違うんですよね。。そして、余談ですが、いつも電話のタイミングが悪いんですね、、。
私たちももう諦めました。これ以上彼女の自尊心が傷ついていくのは見てられませんでした。この頃、ちょうど個別級の個人面談があり、個別級の場合は、学級の先生との面談の後、校長との面談もあります。次女は家で待っていられず、校長面談の時に校長室へ来てしまいました。「困ったなぁ、、話しづらいなぁ」とは思いましたが、本人が直接校長と話せるいい機会だとも思いました。
ちなみに、あのカチカチ頭の校長は転籍する年に異動となり、4年からは新しい女の校長先生に代わりました。あのカチカチ校長の意図がなんとなく分かりました。異動の前に色々と手配するのが面倒だったんでしょう。
校長先生が「○○組さんはどうですか?」「いやだ」
「どうしてかな」しばらく黙る次女。。しばらくすると、次女が堰を切ったように話し始めました。
「みんなの前で先生に、○○組さんって言われて、その後公園で遊んだ時もみんなに聞かれて恥ずかしくて、遊ぶのも嫌になって帰ったんだよ。どうしてみんなと一緒じゃいけないの?私がバカだから?教科書だって私だけもらえなかったんだよ。みんなもらってるのに。あゆみだって私だけ、何も書いてなかった。みんな書いてるのに。」
号泣しながら訴えていました。私も泣けてきました。本当に辛い思いさせたんだな。痛かったです。
校長先生は、「戻ろうか。元のクラスへ」
と言い、私も「そうしてください。なるべく早く。」と伝えて、4年の後期には通常級に再び転籍になりました。こうして、後期のあゆみにはちゃんと評価もつくことになりました。しかし、ASDの次女。この件は、かなり深く刻まれてしまいました。
この時は、私たち親も、この先、これがどれだけのトラウマになったのかまだ分かっていませんでした。
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