先生と呼ばれるけど先生ではない僕
「ととんせんせぇ~」
舌っ足らずな呼びかけをし、ニコニコしながら事務室に入ってくる。
定位置である僕の隣の床に座り込んで何やら話はじめる少年ヒロ(仮名)
いつからかヒロは休み時間の度に事務室へとやってくるようになった。
きっかけというほどのきっかけはなかったと思う。
ヒロが3年生になった年、先輩も卒業して後輩が誰も入ってこなかった。
休み時間の暇を持てあました彼がたどり着いたのが事務室だったのだろう。
始めはたどたどしかった彼もいつの間にか自分の部屋のようにくつろいでいる。
彼はダウン症のため支援級に在籍していた。
最近では支援級の需要が増え、児童生徒数が激増しているが、当時は小規模校であったこともあり支援級の生徒はほとんどいなかった。
そのためヒロが在籍する知的級は彼一人。
ヒロの授業を担当するのも、色んな先生が彼の理解度に合わせて行っている。
僕も何度か授業にお邪魔をしていた。
体育の授業では一緒にボールを蹴って楽しんだ。
準備運動のなわとびは文句をぶつくさ言いながら飛んでいたな。
腕立てを数回やった後には「マッチョになった?」と腕を曲げてアピール。
その腕は安西先生のほっぺたくらいぷるんぷるん!
「もっと続けたらマッチョになるかもね~」と笑いながら事務室へと帰っていく。
自立活動の時間では、学校に届いた封筒を再利用するために、封筒の表紙に学校名が入った紙を貼り付ける。
始めの頃は液体糊の力加減がわからずに、べちょべちょになった封筒を1時限で数枚作り上げることが限界だった。
この作業に対しても文句をぶつくさ言いながらやってたっけ。
何ヶ月か続けていくうちにべちょべちょにならずに数十枚作り上げることができるようになっていた。
できあがった封筒を持って得意げに事務室へと持ってきてくれ、「どや!」とアピール。
「ありがとう。上手になったね!」とお決まりのパターン。
そしてまた事務室に居座って談笑が始まっていく…。
正直事務職員は子どもと直接関わることが多くはない。
積極的に行動しなければ、事務室に画用紙やガムテープを取りに来た子と話したり、清掃担当やあいさつ運動などで子どもと関わったりすることくらいだと思う。
それでもヒロのように慕ってくれる子どもとの出会いがあり、成長を見守っていくことができる。
先生になり、授業をしていると学年で100人以上の子どもと関わりを持つことになる。
沢山の子と関わる素晴らしさもあるかもしれないが、きめ細やかに一人一人を見守ってあげることはできないだろう。
また、どうしても「先生と生徒」という関係性にしかなれない。
「事務室の先生」と呼ばれる僕は先生ではない。
僕と子どもの間では授業評価をする必要もないし生徒指導をすることもない。
校内で唯一先生でない僕は、子どもにとって「大人と子ども」として、一人の人間同士お互いを尊重した付き合いができる。
それほど多くの子と関わることはないが、一人一人との出会いと成長はしっかりと覚えている。
卒業式の日、見慣れた制服の胸にはお祝いのコサージュ。
どこか誇らしげにヒロは事務室へとやってきた。
とんとん「卒業おめでとう。高校に行っても元気でな~」
僕はいつもと変わらぬ調子でそう伝えた。
ヒロ「ととんせんせぇ~、今までありがとう!」
いつもの舌っ足らずな言葉に、ニコニコな笑顔。
明日もひょっこり事務室に来て僕の隣に座っているのではと感じるほどのさっぱりとしたお別れだった。
僕の手元にはヒロからもらった手紙が今も残っている。
彼は日頃から感謝を手紙にしたためて渡してくれる心のキレイな少年だった。
年度末に向けて整理をして出てきた手紙をみていたら当時を思い出す。
「元気にしているかい、ヒロ。」