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遠野巡灯篭木’24 Food Moment #1 遠野の土と人が紡ぐ美味しい野菜の物語

「こんたでぃーの遠野」菊池拓真さん


 岩手県遠野市の個性豊かな生産者がつくる野菜の販売を行う「こんたでぃーの遠野」。イタリア語で「農夫」・「農民」を意味する「Contadino」と遠野の方言「こったなもの」が名前の由来。遠野市の盆地特有の寒暖差を生かした新鮮でおいしい野菜と、生産者がへりくだって「こったなもの」と呼ぶ規格外・B品野菜を取り扱い、生産者と消費者の新しいつながりの輪を醸成してきた。「こんたでぃーの遠野」の代表を務めるアグリプロデューサーの菊池拓真さんに地域の食材の魅力、自身の活動に込めた想いについてお話を伺った。

新米や伝統野菜、遠野ならではの秋の食材

 遠野巡灯篭木が開催される10月は豊かな秋の実りの季節。10月に入るとその年のお米の収穫がはじまり、とびきりの新米をいただける。「赤土のミネラル質が豊富な田んぼで育てたお米は本当においしい。出荷量は限られていますが、自分たちで食べるために収穫したお米を一部、消費者の皆さんにもお届けしています」。

 同じ時期、遠野の伝統野菜である琴畑かぶも旬を迎える。琴畑かぶは遠野で古くから育てられていた固定種の野菜でありながら、約30年もの間生産されていなかった野菜。しかし、2013年に遠野緑峰高校の生徒たちが種を自家採種し、栽培を復活させた。「こんたでぃーの遠野」では、琴畑かぶの栽培や流通支援、販売促進を実施、また、遠野伝統野菜研究会への協力を通じ、学校給食への普及にも務めている。「お盆に種まきをする琴畑かぶは10月にシーズンをむかえます。昔は、漬物にしたり、葉っぱを乾燥させたりして、冬、食べるものがない時のための保存食として活用していました。和食だけでなく、フレンチやイタリアンの料理法にも向いています。葉っぱが美味しいのが特徴で、ジェノベーゼ風にしてもいいですし、かぶの実は、紫の美しい色を生かして、皮つきでポトフにすると絶品です」。

 さつまいも、ごぼう、大根、菊芋、東北の伝統野菜である芭蕉菜、西洋野菜のバターナッツカボチャやスイスチャードといった野菜も美味しい季節。通年で手に入るわさびは、薬味としてだけでなく、根や茎を醤油漬けにして保存食としても楽しむことができる。畑の顔が見えるからこそ味わえる恵みもある。「流通には出せないけれど、完熟して、糖分が高まり、赤くなったピーマンが、甘くてとても美味しいのです」。

 また、「こんたでぃーの遠野」で取り扱う中平農園で育った太くて甘い葱は格別の美味しさとのこと。「炭火で外の皮が真っ黒になるまで焼いて一枚めくって食べると飛び切り美味しい」。中平さんはまだ二十代の若き生産者。化学肥料を使わないこだわりの土づくりで野菜を育てている。次の世代のために、遠野の土を守り、受け継いでいきたいという強い想いが、中平さんの作る野菜の味に繋がっている。

遠野の気候と風土がもたらす恵み、そして、遠野の農業の今

 生産者視点で見る遠野は、その気候と自然環境に特色が現れる。「例えば夏、日中35度になっても、朝と夜は20度を切る。遠野のような小規模の盆地は珍しく、この地形ならではの一日の寒暖差が野菜を休ませる時間を作ります。野菜たちは下がった気温で休み、ぐっと養分をため、豊かな味を作ります。遠野の米はとても美味しいのですが、それはこの土地ならではの豊かさであるとも言えます」。

 菊池さんは、20歳で就農し、40歳から販売に従事するようになった。昔は遠野は葉タバコの生産地で、菊池さんの実家も葉タバコ農家だった。「大変だし、汚れるし、お盆のピークも農作業で、夏休み海にも連れて行ってもらえない。継がなくていいと言われて、いったん盛岡のホテル就職しましたが、自分でお金を稼いでみると両親の苦労がわかりました」。

 昔は一面田んぼだった遠野も、農家の高齢化や後継者不足の問題を抱えている。専業農家の若手は少なく、会社員をしながら週末に田んぼをやっている、といったケースもある。大規模な農地をまとめて指定の作物を育てると、国から補助金を得ることができる。この仕組みを生かして、農地の放棄をさけるために、田んぼだった農地をまとめて、大豆を栽培するといった取り組みも行われている。他方で、そのことにより、田園の景色も大きく変わった。

 販売に従事するようになったきっかけは、子供の頃からお世話になっていたお隣の農家の廃棄されてしまう野菜を売ったことがきっかけ。豊作だと市場価格を安定させるために出荷をストップすることがある。せっかく苦労して育てた野菜も廃棄するしかない。「なんでこんなに美味しいのに売ってはいけないのか、と子供のころから思っていました」。

 その年もレタスが豊作で、お隣の農家は日持ちしない、たくさんの廃棄になってしまうレタスを抱えていた。仙台市で飲食店を営む先輩に引き取ってもらったところ、こんなに美味しいなら、仙台でいくらでも引き取り手があると、市内の販売所を紹介してくれた。即完売だった。

 「捨てるのはもったいない。若い人ならネットで売ったりいろんな方法論を見つけることができるけれど、年配の世代の人には難しい。同じように困っている人たちは一軒ではないはず」と、「恩返しのつもり」ではじめたことが、「こんたでぃーの遠野」の取り組みに繋がっている。

「こんたでぃーの遠野」が目指すアグリプロデュースの価値観

 「こんたでぃーの遠野」が目指すのは、「作って売る」だけでなく、農協だけに頼る体制から抜け出せる構造を開拓するプラットフォームビジネスでもある。生産者と消費者がつながることで、新たな価値と、ニーズのマッチングが生まれる。「主役はあくまでも農家。農家のこだわりを価値として伝えたい」。

 そのためには、外部からの視点も重要であるという。「遠野にいると、これは普通だと思っていることが、外から見ると普通ではないこともある。遠野の人がわかっていない遠野の魅力に、外の視点から気づかされます」。例えば、京都の割烹の名店は、ずっと、気に入って遠野産のわさびを使ってくれている。数多くの特産地があるなかで、選ばれ続けているという飲食のプロからのフィードバックは生産者にとって大きなモチベーションになる。

 「野菜の魅力以外にも、生産者と消費者をつなげる取り組み自体の魅力も知ってもらいたい」と菊池さんは言う。「一人一人のモチベーションが遠野全体に繋がり、循環し、遠野全体が盛り上がっていく」ことがゴールだ。

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