子どもがいない私のこと②
↑ の続きです。
夫のお姉さんは、当時42歳。
私は39歳でした。
実は夫のお姉さん夫婦も、子どもが欲しくて
でも結婚してから20年以上できずにいました。
ただひとつだけ私と違うことは、
ずっと不妊治療を続けていたことです。
お姉さんはそれまで体外受精で何度か妊娠するものの、
流産していました。
それはとても辛く悲しいことの繰り返しだったはずです。
そんな娘の姿をずっと見ていたからか、夫の両親からは
孫を望むような言葉はありませんでした。
夫は4人兄弟の末っ子で、お兄さんともうひとりのお姉さんには
子どもがひとりずついたので、夫の両親としてはそれほど
私たち夫婦の子どもに期待する気持ちはなかったのかも知れません。
でも私の両親は違いました。
私には兄と弟がいて、兄は未婚です。
弟は私よりも早く結婚していたけれど、
子どもは作らないつもりのようです。
両親は口では言わないけれど、私たちの子どもを
とても期待していました。
そして、夫のお姉さんに子どもが産まれたと聞いたことで、
母は決定的なひと言を何気なく言いました。
「私も孫欲しいな」
本当に悪気なく言った言葉だと思います。
だけど、本気で思っていることなんだと、
痛いほど私は分かっていました。
私はその場をどう取り繕ったのか覚えていません。
ただ、泣くのだけは我慢しました。
そして夫とふたりになった時に、感情が爆発しました。
友達や同級生、ずっと年下のいとこ。
みんな結婚したら、当たり前のように子どもができるのに、
欲しくて欲しくてたまらないのに、
どうして私にはできないの?
子どもが欲しい。
私が一番そう思っているって分かっているはずなのに、
なんで母はあの言葉を口にしたの?
いろんな感情があふれて来て、涙が止まりませんでした。
夫は静かに話を聞いて、気持ちを受け止めてくれました。
そして私たち夫婦は、不妊治療をすることに決めたのです。
だけど、不妊治療するにはひとつ問題がありました。
私が通うメンタルクリニックの先生の許可を取ることです。
その頃の私は、うつ病がまたひどくなっていました。
原発事故の避難の後、新しい土地で半年ほど働いていましたが、
その会社も県外に避難するということで辞めざるを得なくなって、
その後は働いていませんでした。
私はうつ病とだけ書いていますが、実際は障がいだと思っています。
実際、クリニックでちゃんと調べて貰った結果、
自閉症スペクトラムに引っ掛かりそうな、グレーゾーンだと分かりました。
私は先生に、不妊治療をしても良いか聞きました。
結果は当然のようにNG・・かと思いきや、まさかのOKでした。
年齢が年齢だったからかも知れません
それから、不妊治療をしてくれる産婦人科を探し始めました。
これが実は、見つかるまでとても大変でした。
ほとんどの病院に不妊治療を断られたからです。
理由は私が精神障がい者だからで、
その薬を大量に飲んでいるからでした。
私はメンタルクリニックに減薬をお願いし、
改めて産婦人科を探し始めました。
そして不妊治療にとても力を入れている病院を見つけ、
ありがたいことに治療を受けさせてもらえることになりました。
ここで初めて、やっと不妊治療のスタートラインに立てたことになります。
↓
続きます。