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31個のおふくろの味

「なんか適当に作るね!」

このセリフに、私は憧れていた。


たとえば、疲れて帰ってきた彼氏なり旦那さんなりにそのセリフを言って、私はキッチンに向かう。冷蔵庫にある食材を適当に組み合わせて、調味料を目分量で入れて、チャチャッと炒める。できあがったら何だかおいしい。

「これ、また作ってね!」と言われたら

「適当に作ったから、全く同じ味はもう二度と作れないんだよね」と言う。



・・・なんてかっこいいんだろう。

結婚するまでほとんど料理をしなかった私は、結婚して「料理をする」ということ自体に慣れてきた頃、このシチュエーションを試みてみた。



でも、どうもうまくいかない。

ポン酢なんて、それ1つだけでおいしくなりそうなものなのに、できあがった料理はなんだか味気ない。

醤油と砂糖を混ぜておけば、甘辛くおいしくなるだろうと思ったけれど、なんか変な味になる。

さすがに塩だけで味付けしたものは、変な味にはならないだろうと思ったけれど、まずくはないにしても、おいしくはないものができあがった。




せっかくがんばって作ったのに、おいしくないなんて悲しいし、食材や調味料たちにも申し訳ない気がした。

食材と調味料1つ1つは完璧なのに、私が組み合わせることで、その1つ1つを台無しにしてしまう。



なので私は
「なんか適当に作ること」を諦めた。


ちゃんとレシピをみてつくれば
私にだっておいしい料理が作れるのだから。





「なんか適当に作ること」は諦めてしまったけれど、私のできそうなことで憧れているシチュエーションがもう1つあった。




息子が1人暮らしなり結婚なりして、毎日私のごはんを食べなくなる日がくる。そして、久しぶりに実家に帰ってきた。

「今日何食べたい?」と私が聞くと、
息子は少し考えて

「久しぶりに母ちゃんのハンバーグが食べたい。」と言う。

私は息子のためにハンバーグを作って
食卓に出す。

息子は「これこれ!」と言って、
ハンバーグをほおばる。



・・・これなら、私にもできそうだ。
いわゆる、「おふくろの味」ってやつだ。



いつも同じレシピで作ることと
定期的に食卓に出すということさえ守れば
「おふくろの味」は私にも作れる。



というわけで、
「おふくろの味プロジェクト」を
1人で勝手に開始した。


定期的に食卓に出すようにしないと
「いつもの味」にならないので

1ヶ月に1回
同じメニューを食卓に出すようにする。


1年で12回食べるとしたら
今4歳の息子は、20歳になるまでに
その料理を192回ほど食べることとなる。

多いような少ないような数字だけれど
192回食べたら、
おふくろの味になると信じたい。


そして、31個の定番メニューを作って
それぞれのレシピをノートに残しておく。



作るたびに、
ちょっとずつ改良していって

「これだ!」と思った味付けに到達したら
それを作り続けるのみ。






長い長いプロジェクトになるだろうな。


でもなんだかワクワクしてきた。




料理が決して得意ではない私は

「31個のレシピ」の中から
ただ選んで作ればいい状態はありがたいし

そして、その31個だけは
胸をはっておいしく作れるということは
自信になる。

そして毎日、「おふくろの味プロジェクト」のクライアントである息子と旦那さんの舌にヒアリングしながら、コツコツおふくろの味を作り上げていく。

それはきっと
何も考えず毎日ごはんを作り続けるより
何倍も楽しい。




さて、「おふくろの味プロジェクト」は
成功するだろうか。

それはおそらく
あと20年以上先にならないとわからない。

なんて気の遠くなる月日なんだろう。




でも、主婦の仕事は
たぶん全部こんな感じなんだと思う。




ふとした瞬間に


積み重ねてきた、小さな温かい営みたちが

家族の中に
しっかり根付いていることを知る。


そのときはじめて
自分がやってきたことの意味を知る。



小さくて地味でめんどくさい、
そんな意味のなさそうなこと
1つ1つを通して

家族と関わって
愛を伝えてきたんだと。




「おふくろの味」みたいに


息子がそのことに気づくのは
きっとだいぶ先のことだけれど


今日も

買い物をして
ごはんを作り
そうじをして
洗濯をして。


コツコツ愛を伝えよう。



今日もまた一歩、
31個のおふくろの味は
完成形に近づいている。

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