【映画】【感想】硫黄島からの手紙(2006)

はじめに

クリントイーストウッド監督「硫黄島からの手紙」をネット配信で、初めて観た。2006年の公開だから、もう14年前の映画ということになる。当時はずいぶんそのタイトルを耳にした記憶があるが、あまり関心は持たなかった(僕は流行り物にはだいたい10年〜15年遅れてに乗っかる人間なのだ)。

最近になって僕は、第二次大戦、いや、というより太平洋戦争、いや、誤解を恐れずに言えば「大東亜戦争」というものに関心をもっていて、それは、僕がここ十数年来をもってきた、1960年代を通して日本で、主に学生を中心に繰り広げられた社会運動 — — 60年代を通してといっても、その前半と後半ではかなり様相を異にしているのだが、それについてはここでは割愛する— — への関心から、いわば飛び火のように燃え移った関心といってよい。そのきっかけは決して僕の頭の中で自然に発生したものではないのだが、それについても、これ以上前置きを長くしたくないので割愛する。

さて、それでは映画の感想に移る。

キャスティングについて

まず僕が驚いたのは、冒頭のシーン、硫黄島の砂浜で塹壕を掘っている青年日本兵— — この映画の主人公である— —が、 嵐の二宮和也くんだったことだ。僕はこの映画について、そんな基本的なことすら知らなかったのだ。

後で調べたら、渡辺謙以外のキャストは、二宮含め、全員オーディションで選ばれたらしい。

しかし、結局最後まで僕はどうしても二宮くんが、昭和前期の日本の青年兵には見えなかった。これは演技力とか役作りの問題ではないと思う。端的に言って、二宮くんは、顔は小顔で目が大きく、鼻はすっきりと小さく、顎も小ぶりで……。

要するに典型的なまでに今どきのイケメン顔なのだ。二宮よりはだいぶ昭和寄りといってもいいかもしれない、清水上等兵を演じる加瀬亮ですら、二宮ほどではないが、やはり「今」っぽく見えてしまった。

役と俳優の関係について

それから、この映画に限ったことではないが、劇中で名前も顔もよく知っている有名俳優が出てくると、どうしても役ではなく、その「俳優さん」とし見えてしまてしまい、最後までその印象を拭えないということは多い。

この映画でも、中村獅童が出てきたときは「あ、ここで中村獅童なんだ」と思ったし、最後まで「伊藤大尉」ではなく、「中村獅童」として見えてしまった。

逆に、伊原剛志が演じるところの西竹一中佐は、僕が伊原剛志さんという俳優さんを「なんとなくどこかで名前は聞いたかもしれない」程度にしか知らないこともあって、「西中佐」の一挙手一投足に没入することができた(おそらく伊原剛志さんを知らない僕はかなり世間に疎いのだと思うけれど) 。

では、二宮演じる西郷一等兵と並んで、もう一人の主人公といってよい栗林忠道中将を演じた渡辺謙はどうだったか。

これに関してはちょっと不思議な感覚だった。いくら世間に疎い僕でも、渡辺謙ならよく知っているし、その顔も嫌という程(なんて言ったら失礼なのだが、芸能人とはそういうものだろう)見てきた。だから、やはり最初に島にやってくるシーンから「あ、渡辺謙だ」と思ったし、それは最後まで変わらなかったのだが、もう一方で、それと同じ程度の強度で「栗林中将」としても見えたのだ。

1人の人間の身体に2つの人格がダブって見える状態。それは、二宮和也や中村獅童の見え方とは明らかに違ったし、また、伊原剛志の見え方とも違う。

僕は今回「硫黄島からの手紙」を観ることで初めてこの、2つの人格が同時に現前する、とでもいうようなあり方を、こうして文章にするにまで明確に認識させられた。しかし、思い返してみると過去に見た映画やドラマでも、そのような見え方は経験しているのだ。典型的なのは、北野武の映画に出演するビートたけしだ。

僕は人生の中で、ビートたけしの顔はおそらく渡辺謙の2倍以上は多く見てきているし、その人柄(メディア上に現れる限りの、だが)も渡辺謙よりずっとよく知っている。

しかし、北野武の映画 — —「その男、凶暴につき」にしても「アウトレイジ」にしても— —でのビートたけしの見え方は、やはりどう見たってビートたけしなのだが、同時に我妻刑事であり、大友組長でもあるのだ。その、人格の同居の仕方があまりに自然なので、僕はそれをさして意識することがなかった。なんというか、ビートたけしの人格の一部に、我妻刑事や大友が最初から含まれているような(それはビートたけしの演じる役がたいてい、ビートたけしがテレビでよく発する「この野郎」などのセリフを発することにもよるのだろうが)感じがするのだ。

もしかすると、演技するということの、また俳優という存在の本質的な面白さは、こういう見え方にこそあるのかもしれない。そして、映画というもの自体も、その映画が撮影された時間と、その映画が描いている物語や出来事の時間 — —それはフィクション・ノンフィクションに限らず— —がダブりながらもひとつの時間として経験されるところに、その面白さの核心があるのではないだろうか。

二度と見たくなくはないが、二度見たくはない

キャストの話を書いているうちに話が脱線気味になったが、この映画の話に戻ると、戦闘シーンなど、アクションや大小の道具の出来は文句無しといってよいだろう。当然、金はかかっているし、なによりクリント・イーストウッド監督らが史実調査と映画制作両面において、真摯で徹底的な姿勢を貫いたことは、興ざめさせられるようなディテールの不自然さや粗雑さが一切ないことからはっきりわかる。(島に赴任する際、栗林中将が乗ってきた航空機も、え?これアメリカで動態保存されてる実機? と思ったが、アメリカのビーチクラフトという民間機を迷彩塗装にして一式貨物輸送機(キ56)もどきに仕立てたものらしい。これもその筋のマニアでなければまったく違和感は無いだろう。
情報元:https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1229466337

何よりアメリカ人の監督が、全編日本語で日本人を描いた映画をこれだけのクォリティで作れたということはいうまでもなく驚嘆すべきことだ。誰にも教えられることなく、これがアメリカ人監督の作品だと気づく人はいないかもしれない。

しかし「この映画をアメリカ人監督の作品だと思う人はいないだろう」ということは、裏を返せば、

「アメリカ人の監督が日本側の視点で硫黄島の戦いを描く」

という、極めて特殊な事態の特殊さを薄れさせてしまっているということでもある。実際イーストウッド氏は、もともと日本人に監督をさせるつもりだったらしいし、「黒澤なら完璧なのに」とも漏らしたという。また、インタビューにおいても(ジョークとしてだが)「日本人監督である僕が撮った日本映画だ」と発言している。つまり、イーストウッド監督はこれをまさに「日本映画」として撮ったわけであり、また、彼にとって「アメリカ人が日本側の視点で描く」という特殊性は重要なことではなく、むしろ極力そういう匂いを消したかったのであろう。それを見事にやりきった腕前は見事としかいいようがない。

しかし、総じてこの映画を傑作と呼ぶにふさわしいかと問われれば、あまりにも優等生すぎて……。というのが正直な感想だ。

たとえばあの「プライベート・ライアン」の、映画史に残るであろう伝説的な20分間のような、強烈に脳に焼き付き一生消えないであろう時間が、この映画にはない。

たえず硫黄臭が漂う孤島で、飲み水すらろくになく赤痢が蔓延する中ひたすら壕を掘り続ける地獄のような日々。その史実は狂気の沙汰といってよいだろう。しかし、(幸か不幸か)この映画自体は、その史実と釣り合うほどの「狂気」をはらんでいないのだ。

たとえば(ジャンルが少し違うが)、若松孝二の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」で永遠と見せつけられる、山岳ベースでのリンチシーンは途中で視聴をやめてしまいたくなるほど狂気じみている。硫黄島の戦いと同様、描かれる対象の史実自体も、その内容を知るほどに「狂気」と言いたくなるものなのだが(しかし、ここで僕はあの出来事を「狂気」という言葉で断定しない。それについても長くなるのでここでは書けないが)同時に、映画自体が「狂っている」としかいいようがないのだ。

あの映画を観て僕が感じたことといえば、いったいこの若松孝二という監督はどういう人間性の人物なのか? そしてこのキャストたちも一体何を考えてこんな撮影に付き合っているのだろうか? それはほとんど憤りに近いような感覚だった。しかし、映画にせよ文学にせよ、表現というのはそうした極地にまで達してこそ表現たり得るのではないか、僕はそう思っている。

「二度は観なくてもいい」映画と「二度と観たくない」映画には、計り知れない差がある。僕は「あさま山荘への道程」を、できれば二度と観たくないし、「プライベート・ライアン」の冒頭20分もそうだ(こちらはそう言いつつ何回か観ているのだが……)。

翻って、「硫黄島からの手紙」についていえば、僕はこの映画を「二度観たいとは思わない」— — 「二度と観たくない」のではなく。

しかし、ともかくイーストウッド監督の「良心」はひしひしと伝わってくる。世の中にはこの「良心」が欠けた映画がごろごろと転がっているのだから、僕はその良心に敬意を表したいと思う。

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